ジャック・ロンドンの自叙伝的小説がナポリを舞台に蘇る、映画「マーティン・エデン」 | BRITISH MADE

ブリティッシュ“ライク” ジャック・ロンドンの自叙伝的小説がナポリを舞台に蘇る、映画「マーティン・エデン」

2020.09.18

映画「マーティン・エデン」
今回は、ジャック・“ロンドン”という名前が駄洒落となり命綱となってくれた。どういうことかというと作家ジャック・ロンドンはアメリカ人で、映画の舞台はイタリアのナポリなのだ。だが、駄洒落を除き、ジャック・ロンドンがまったくイギリスと無縁かというとじつはそうでもない。彼の名著「どん底の人々」は、アメリカからイギリスのロンドンへ渡り、貧困層を徹底的に取材したルポルタージュだ。ありのままの姿では物乞いにあい、取材が不可能と悟ったジャック・ロンドンは、ぼろぼろの古着を纏い最も危険なエリアとされたスラムの中で生活をし、1900年代初頭のロンドンの惨状を生々しく具体的に記している。今日、イーストロンドンといえばさまざまな文化がミックスされたエリアになっているが、ジャック・ロンドンの住んだ100年前のイーストロンドンはまるで違い、人間の地獄とさえ評している。本人による現地で撮影された写真も挿入されており貴重な資料だ。愛読書であるジョージ・オーウェルの「パリ・ロンドン放浪記」もこの「どん底の人々」に影響を受け執筆されている。そんな情熱的な男の自叙伝映画が公開されると聞けば何としてでも紹介したい。それが今回の魂胆である。

さて、ジャック・ロンドンの紹介を済ませたところで、いよいよ映画について触れたい。貧しい船乗りマーティン・エデンは暴漢に襲われていた良家の子息アルトゥーロを助け、その礼として屋敷に招かれた。マーティンは、アルトゥーロの姉エレナと出会い美しさや教養の高さに見惚れると同時に、ブルジョワの世界に強い憧れを抱いた。彼女との出会いを機に文学に目覚めたマーティンは、過酷な労働の傍ら独学で勉学の研鑽を積んだ。自問を続けたマーティンは、作家を目指すことをエレナに宣言するが、彼女はマーティンには基礎的な教育が必要と諭す。マーティンの決意は固く、作家として生きていくために手当たり次第原稿を出版社へ送るが一筋縄ではいかない。互いに好意を持ちながらも、彼らを取り巻く環境の違いが隔たりを生んでいく。
まさに泥水をすすってでも這い上がる生き方だ。「あなた方を目指したい。あなた方みたいに話し、考えたい」というマーティンの謙った台詞は、昨今鑑賞した映画の中でも指折りにセンセーショナルだった。貧しい生活を送っていた青年マーティンが、文学、芸術、哲学などの素養を身につけ、確固たる政治観を持ち、逆境を自分のエネルギーに変えていく姿に惹きつけられた。そして、成功を収めた対価は一体何なのかという虚無感。ラストシーンは、無垢で気高い男の煩悶が顕著に表れているハイライトだ。主演のルカ・マリネッリは、豊かな感情表現に溢れ純粋かつ繊細なマーティンを演じている。肩幅の広い筋肉質な姿は小説を読んだイメージそのものだった。原作を尊重しながらもオリジナルの世界観に挑戦した結果がヴェネツィア国際映画祭で男優賞受賞という高い評価として表れているのではないだろうか。
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映画の原作「マーティン・イーデン」はオークランドやサンフランシスコが舞台となった小説だが、映画「マーティン・エデン」の舞台はナポリに変更されている。この思いきった発想の転換は功を奏し、土臭くも美しく彩られている。打ちひしがれるマーティンの姿と、フィルムで撮影されたナポリの街との調和が哀愁を醸すのだ。挿入歌 Daniele Pace の“Piccere”は心を揺さぶり、情緒溢れる街ナポリを渇望させる。
映画「マーティン・エデン」
映画 『マーティン・エデン』
9月18日(金)よりシネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
martineden-movie.com

監督・脚本:ピエトロ・マルチェッロ
脚本:マルリツィオ・ブラウッチ
原作:「マーティン・イーデン」ジャック・ロンドン(白水社刊)
出演:ルカ・マリネッリ、ジェシカ・クレッシー、デニーズ・サルディスコ、ヴィンチェンツォ・ネモラート、カルロ・チェッキ
2019年/イタリア=フランス=ドイツ/イタリア語・フランス語/ 129 分/カラー・モノクロ/ビスタ/ 5.1CH
原題:Martin Eden
字幕:岡本太郎
後援:イタリア大使館、イタリア文化会館、在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
配給:ミモザフィルムズ
©2019AVVENTUROSA IBC MOVIE SHELLAC SUD BR ARTE
Text by Shogo Hesaka


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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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