英国とソ連で暗躍した2人のスパイ『クーリエ:最高機密の運び屋』 | BRITISH MADE

ブリティッシュ“ライク” 英国とソ連で暗躍した2人のスパイ『クーリエ:最高機密の運び屋』

2021.09.23

1962年、米ソ間の緊張感が最も高まったキューバ危機。ソ連の高官オレグ・ペンコフスキーは、第三次世界大戦が勃発することを危惧していた。同時に、フルシチョフ体制や共産主義の寡頭政治に不信感を抱いていた。核戦争を未然に防ぎたい彼は、ソ連の機密情報をリークするために英米に接触した。一方、その情報を持ち出すに相応しい人物を探していたMI6とCIAは、グレヴィル・ウィンという一般のセールスマンに目をつける。当初、その任務の重要性を知らずにスパイ行為に加担していたグレヴィルだったが、ペンコフスキーと接触を重ねるうちにその真意を悟る。一旦は身を引くグレヴィルだが、核戦争を阻止するという大義を見出し、ペンコフスキーとの間に培った友情のため、一世一代の任務に身を捧げる。

『クーリエ:最高機密の運び屋』
一重にスパイといっても『007』や『キングスマン』のようなパラレルワールドやエンターテイメントに寄せた作品から、『寒い国から帰ったスパイ(*小説は『寒い国から帰ってきたスパイ)』や『ハバナの男』のようなシリアスやコミカルな作品まで色とりどりだ。このように、スパイに対する焦点の当て方や、作品の傾向や特徴もそれぞれ大きく異なる。そこにオリジナリティ溢れる個性的なキャラクターが作品の中で悪戦苦闘するのがスパイ映画・小説に没頭する理由だ。本作は、鍛え上げた身体に高級スーツを着用し、高級車で暴れ回ったり、CGを駆使した派手な格闘シーンや銃撃戦とは無縁だ。主人公グレヴィル・ウィンは、前出のジェームズ・ボンドやハリー・ハートに比べると地味に感じるかもしれない。派手さはないが、彼の苦悩する姿に時間を割き、ペンコフスキーとの人間関係をじっくりと構築している。彼らの生き様を丁寧に描き、取捨選択の過程を明確に描くことで、緊張感を途切れさせることなくエンディングまで持っていくのだ。

友人にスパイがいる訳もなく、まさか自身がMI6に所属する訳もないので、実際のところスパイについて詳しいことはわからない。元スパイの文献を見る限り、えてしてスパイとはそういうものではないだろうか。どういうことかというと、成功してもその情報は明るみに出る訳はなく、捕縛され命を落としたとしても市井の人々はその事実を知る余地もない。つまり、あくまでも影としての存在であり、その存在を把握しているのは一握りだ。イアン・フレミングやジョン・ル・カレにしても、そうやって誰の目にもとまらず散っていったスパイという謎の職業に着目したのは間違いないだろう。ヴェールに包まれているゆえに面白い、こうあって欲しいというイメージも含まれているだろうが、少なからずスパイに対する尊敬の念も含まれているはずだ。加えて、作者の豊かな経験が乗じその名を遺すキャラクターが生まれてきたのではないだろうか。
本作の主役を務め、製作総指揮も兼任するベネディクト・カンバーバッチ。じつは、ドラマ『SHERLOCK(シャーロック)』でジェームス・ マカヴォイとホームズ&ワトソンを演じる姿を見たくらいで、彼の出演作品はほぼ見ていないに等しかった。本作では、強固な愛国心持ち、義理堅い英国人グレヴィルを際立たせる芝居をしている。また、10/29 から公開の映画『モーリタリアン 黒塗りの記録』でも製作と芝居を両立し、独特の存在感を放っていた。立て続けに彼の出演作品を鑑賞していくと、あの落ち着き払った声と優雅なモーションに次第に惹かれていく。これを機に改めて彼の携わった作品を見直したい。他方、裏切りが露見すれば容赦なく処刑される恐怖政治の中、天下太平を望み、揺るぎない正義感を持って情報を流すペンコフスキーを演じたのが、旧ソ連ジョージア出身のメラーブ・ニニッゼだ。本作は、どちらかというとグレヴィル目線で描かれているが、ペンコフスキーが残した『ペンコフスキー機密文書』では、映画では描き切れなかった部分やペンコフスキーの心情が細かく記されている。彼らに興味を持った方には一度読んでもらいたい書籍だ。

テクノロジーは大きく進化し、1960年代とは様変わりした。情報はデジタルでハッキングし、不可能な場合はデジタルウイルスによって破壊するなど諜報活動も変化しているに違いない。本作は実話に基づく映画だ。願わくば、現代に暗躍するスパイをモデルにした映画も目にしてみたい。

『クーリエ:最高機密の運び屋』
www.courier-movie.jp/
9月23日(木・祝)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給・宣伝:キノフィルムズ
© 2020 IRONBARK, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、メラーブ・ニニッゼ、レイチェル・ブロズナハン、ジェシー・バックリー
監督:ドミニク・クック
2021年|イギリス・アメリカ合作|英語・ロシア語|カラー|スコープサイズ| 5.1ch 112分|原題: THE COURIER G
提供:木下グループ
Text by Shogo Hesaka


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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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