欲しいのは胸の高鳴り、映画『ドリームホース』 | BRITISH MADE

ブリティッシュ“ライク” 欲しいのは胸の高鳴り、映画『ドリームホース』

2022.12.22

欲しいのは胸の高鳴り、映画『ドリームホース』
2022年最後のコラムで紹介するのは、映画『ドリームホース』だ。

主人公ジャンは、パートの掛け持ちと両親の介護との往復で日々を過ごしていた。夫のブライアンはテレビの前で1日を過ごし、夫婦共に無気力だった。ある日、クラブのバーテンダーとして働くジャンは、税理士ハワードの組合馬主の話を耳にする。幼少期から動物の飼育に自信を持っていたジャンは、財産を投げ打って競走馬を飼育することを決意する。あまりにも突飛で無謀な決断に周囲は冷ややかな反応だった。しかし、直向きな彼女の姿勢はだんだん人々の心を動かしていく。ついに念願の組合は結成され、競走馬“ドリームアライアンス”が誕生するのである。

人生に退屈していたのはジャンとブライアン夫婦だけではなく、村自体に同じようなムードが漂っていた。燻っていた村人たちは“ホイッスル(胸の高鳴り)”を求めて1人2人と彼女のもとに集まってくるのだ。ジャンが起こした渦は次第に巨大な竜巻のようになり、村を飛び超えて英国中に旋風を起こしていく。手塩にかけて育てた農園育ちの“ドリームアライランス”は、生命に関わる怪我をしても復活し、強靭なG.R.I.Tを持ってしてエリートをことごとく薙ぎ倒す。王侯貴族や富裕層のステータスの一つでもある競馬界でジャイアントキリングを起こすのがなんとも爽快だ。

ジャンは誇れるものを信じ、躊躇うことなく挑戦を続ける。何を言われようがぶれず、一本筋が通ったところに人はおろか、動物までもが惹きつけられるのだ。情熱を傾けられるものに没頭することで、くすんでいた彼女の人生が彩られていく。そのさまが美しいのだ。

そのジャンを熱演したのがベテラン女優トニ・コレットだ。彼女の名を聞いて真っ先に思い浮かぶ映画は『アバウト・ア・ボーイ』だ。気難しい精神状態の母親フィオナ役を演じ、ヒュー・グラント演じるろくでなしのウィルと渡り合った印象的な作品だ。ハッピーエンドなラブコメの常連だったヒュー・グラントがベビーフェイスとはほど遠い役を演じている点も興味深い。当時、オーストラリアに留学しており、はじめて原文で小説を読んだのが本作だったためよく覚えている。学校で感想文を披露する際にまったく見当違いの解釈をし、「あなたのリテラシーはどうなってるの?」と先生に咎められたのは恥ずかしい思い出だ…のちに映画を鑑賞して以来、何度も観直す英国映画の一つとなっている。

また、ジャンの参謀でもあるハワードの妻アンジェラを演じたジョアンナ・ペイジにも触れたい。2000年代英国映画の中でも人気の高く、この時季頻繁に目にする映画『ラヴ・アクチュアリー』ではスタンドイン女優を演じ、マーティン・フリーマンと共に作品に独特の雰囲気を醸したのが記憶に新しい。それ以降久しく姿を目にしていなかったが、本作では家族を献身的に支える妻を演じており、かつて活躍していた役者が20年を経ても変わらず躍動している姿を目にし、ついつい感傷的な気分になってしまった。
欲しいのは胸の高鳴り、映画『ドリームホース』
欲しいのは胸の高鳴り、映画『ドリームホース』
本作の舞台となっているのは、4つの国で構成されるイギリスの一つであるウェールズだ。以前、その首都であるカーディフに旅行で訪れた際はこれと言って特徴のない町のように感じられた。だが、この映画に映し出されるのどかな自然や、喧騒とは無縁な町や人を目にするとみるみる心が安らいでいった。それは暗い世相や、せこせこした都会に疲弊しきった証なのかもしれない。そんな青息吐息な自身にそっと寄り添ってくれるのは優れた劇中の挿入歌だった。とくに印象深かったのはMeic Stevensの“Loved Owed”だった。よくレコードに針を落とすJACKSON C. FRANKの盟友でもある彼の音楽は、ウェールズフォークの至宝とも謳われ、牧歌的な景色との相性も良いことこの上ない。詩や歌をこよなく愛する国として知られるウェールズ。あらためて回想すると同時に、“これと言って特徴のない町”などと言ってしまったことになんだか良心の呵責を感じてしまい、再び訪れたい衝動に駆られた。
振り返れば2023年もコロナウィルスとの共存は一進一退だった。不況であろうが紛争が勃発しようが、我々の状況などお構いなしのウイルスは気まぐれで無常だ。そんな中で心身共に良好なコンディションを保つのは一筋縄ではいかない。しかし、未来を見据えて動き出さなくてはならない機運が高まっているのは肌で感じている。やってやれないことはない。この映画にもそういった気概があり、新たな年を迎えるにあたってうってつけの映画だった。
欲しいのは胸の高鳴り、映画『ドリームホース』
『ドリームホース』
http://cinerack.jp/dream/
2023年 1月6日(金)より、 新宿ピカデリー・ヒューマントラストシネマ有楽町他 全国新春ロードショー
監督:ユーロス・リン
出演:トニ・コレット(『ナイトメア・アリー』『リトル・ミス・サンシャイン』)、ダミアン・ルイス(「HOMELAND/ホームランド」『われらが背きし者』)
2020年|イギリス|英語|114分|スコープ|カラー|5.1ch|原題:DREAM HORSE
後援:ブリティッシュ・カウンシル
配給:ショウゲート
© 2020 DREAM HORSE FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION

Photo&Text by Shogo Hesaka



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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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