ジェームズ・アイヴォリー監督の映画『眺めのいい部屋 』4K版で再公開—英国社会の転換点を描く| BRITISH MADE

ジェームズ・アイヴォリー監督の映画『眺めのいい部屋 』が4K版で再公開—20世紀初頭、英国社会の転換点を描く

2026.09.18

英国映画 ジェームズアイヴォリー ブリティッシュメイド 眺めのいい部屋
『君の名前で僕を呼んで』(2017)の脚本でも知られるジェームズ・アイヴォリー監督の『眺めのいい部屋』(1986)が作品生誕40周年を記念して9月25日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国公開が決定。20世紀初頭の英国の暮らしや価値観の変化を、美しい景色の中でうら若い男女の恋愛模様と共に描き出した不朽の名作をご紹介します。


英国映画 ジェームズアイヴォリー ブリティッシュメイド 眺めのいい部屋
予め断っておくと、登場人物に共感したり、肩入れしたり、そういう映画を求めている方にはあまりおすすめできない。というのも、これは1907年、エドワード朝時代の英国における上位中産階級を中心とした人々を描いているが、現代日本で生活する私たちと価値観やライフスタイルがあまりにかけ離れているからだ。

作中描かれるのは、異国への優雅な観光旅行、読書やピアノ練習へ没頭する毎日、広い芝生と美しい屋敷、ピクニックを楽しむ紳士たち……。終始一貫して、いにしえの英国紳士淑女の生活が繰り広げられる。


冒頭の舞台はイタリア、フィレンツェ。ペンションのダイニングルームで同じテーブルについているのはロンドン郊外に住むハニーチャーチ家の令嬢ルーシーと、その付き添いで年が離れた従姉のシャーロット。部屋が期待した景色のいい窓のある部屋でなかったことに不満を言っている。そこに、たまたま向かいで息子・ジョージと食事を共にしていた風変わりな英国人、エマーソン氏が「私の部屋は眺めがいいんです。良かったらお部屋を交換しませんか?」と持ちかける……。物語の始まりはこんな感じ。
英国映画 ジェームズアイヴォリー ブリティッシュメイド 眺めのいい部屋
ここで注目したいのは、テーブルに着く宿泊客たちの装いだ。ルーシーやシャーロット、その他同席したご婦人方が身に着ける、レースやコットン素材のサマードレス、リボンや花の飾りが付いたピクチャーハット、優雅なS字のラインを描くエレガントな装いはエドワード朝時代の女性たちに見られた典型的なサマースタイル。一方でエマーソン氏は、ジャケットを着ているがどことなく不精な風体に見える。同じ英国人でありながら、ルーシーたちとは少し違うバックグラウンドを持つ人々であることが、服装や立ち居振る舞いからも伝わってくる。

主人公のルーシーは、お嬢様でありながら自身を取り巻く環境と暗黙の了解に疑問を抱き始めたお年頃。これまでは、生まれ育ったハニーチャーチ家の人々や、地元教会の牧師といった、決まった人との交流がほとんどだった。富豪の息子と婚約し、約束された将来へと向かっていく毎日。ところがある日、口うるさいシャーロットの目を盗んで独りフィレンツェの街に出た際、ひょんなことからジョージと再会し、次第に彼に惹かれていく……。

英国映画 ジェームズアイヴォリー ブリティッシュメイド 眺めのいい部屋
さて、一見快活な好青年に見えるジョージは、常に行動が予測不能。身なりは整っており、社交の場に出ること自体を拒むわけではない。ただ、感情を直接的に表現し、やりたいと思ったことは大胆に実行してしまう。本人がそうしたいからしているだけで、他人に押し付けもしない。それに、自己表現がオープンだからと言って決して社交的な性格ではなく、登場人物の中でも特に口下手だ。とにかく、嘘や建前がない人。そんな彼の率直さに惹かれると共に、ルーシーの価値観そのものが揺らいでいく。
英国映画 ジェームズアイヴォリー ブリティッシュメイド 眺めのいい部屋
本作は、よくある「階級や経済状況が明らかに違う男女が惹かれ合う話」ではない。伝統的な価値観を守り、抑制的に暮らしてきた裕福な家庭の娘が「私たちと違う何か」を持つエマーソン家に遭遇する話だ。エマーソン家とルーシーが暮らすハニーチャーチ家の間には、同じ社交の場に出入りし、近所に家を買う程度の接点はある。その上で、互いが明らかに異質な存在だ。その「私たちと違う何か」がルーシーら登場人物にとっては無自覚な「何か」であり、言葉にできない。ルーシーとエマーソン家の息子、ジョージの恋を通じて、その二つの価値観のあいだに汽水域が生まれていく。

当初、ルーシーは自身が己の人生や環境に疑問を抱いていることそのものに無自覚でいた。好きな人へ想いを伝えることがどうしていけないのか、どうしてそうしないのか。どうして愛のない結婚を受け入れなくてはいけないのか。もしかして、それらはすべて、ルーシー自身の心に嘘をついているんじゃないか。環境はもちろん、これまでの彼女の人生の選択にも疑問を持ち始める。

英国映画 ジェームズアイヴォリー ブリティッシュメイド 眺めのいい部屋
生まれながらにして役割が決まっていて、その役割を果たし、同じ土地、同じコミュニティで生きていくことが当然とされてきた社会。その価値観が揺らぎ、人生に「己の意思と選択」が入り込んでいった20世紀初頭。そんな変わりゆく時代を、あくまで優雅な、且つ皮肉に満ちた人間ドラマとして描き出している。

当時の規範意識や、ルーシーたちが生まれながらにして置かれてきた環境がそれほど説明されるわけではないので、初見の段階で登場人物の心境を測りかねる場面は多い。ゆえに、主人公らと自らを重ね合わせるのは多くの人にとって難しいかもしれない。ただ、時代と価値観の移り変わりをうら若い乙女と青年の個人的な恋愛を通して体感できる作品であるという意味で見応え充分だ。また、20世紀初頭の英国カントリーサイドでの暮らしぶりや衣裳の美しさにうっとりしつつ、それらが単なる時代風俗ではなく、当時の人々が自分の社会的な立場を示すための「コード」でもあったことに気づかされるのも興味深い。

英国映画 ジェームズアイヴォリー ブリティッシュメイド 眺めのいい部屋
英国映画 ジェームズアイヴォリー ブリティッシュメイド 眺めのいい部屋
『眺めのいい部屋 4K』


9月25日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開
(c) 1985 A ROOM WITH A VIEW PRODUCTIONS LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
配給:ザジフィルムズ


1986年/イギリス映画/カラー/117分/日本語字幕:小飯塚真知子/R15+
原作:E.M.フォースター
製作:イスマイル・マーチャント
監督:ジェームズ・アイヴォリー
出演:ヘレナ・ボナム=カーター『英国王のスピーチ』、ジュリアン・サンズ『異端の鳥』、ダニエル・デイ=ルイス『ファントム・スレッド』、ルパート・グレイブス『EMMAエマ』、ジュディ・デンチ『あなたを抱きしめる日まで』、マギー・スミス『ダウントン・アビー』
公式サイト:https://www.zaziefilms.com/nagame/

ブリティッシュメイド公式アプリ

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ivy

1997年、東京・神田出身。BRITISH MADEエディターとしてWEBコンテンツ制作やイベント企画を担当する傍ら、ライター / DJとしても活動する。トレードマークは伊達眼鏡。趣味は神輿渡御。

Instagram:@ivy.bayside

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