2018.12.07

Absolutely British クリスマスの魔法にかかる宿

今年はクリスマス・ムードの盛り上がりが今ひとつ・・なんて思っていたけれど、12月の声を聞くと一斉に祝祭スイッチが入り、子供たちのはち切れんばかりの笑顔も酔っ払いたちの空騒ぎも例年通り。イギリス人にとっては悲喜こもごものクリスマスではあるが、それでもティンカー・ベルが特別な魔法の粉を惜しげもなく振りまき、人々の心に優しい灯りをともして回っているのを感じずにはいられない季節でもある。

ちょうど昨年の今頃。本当にスペシャルな体験をさせていただいた。

私はコッツウォルズからスコットランドへと抜ける「ロイヤル・ブリテン」と題された英国政府観光庁主催のプレス・ツアーに参加し、世界各国から集まってきたジャーナリストたちとともにイギリス王室ゆかりのスポットを巡り、驚きに満ちた旅を満喫していた。そのツアー最終日を、 エジンバラきっての五つ星ホテル、プレストンフィールド・ハウス / Prestonfield Houseで過ごしたのだ。ここは絢爛豪華にデコレーションされた全23室/スイートのみという究極のブティック・ホテルだ。今思うと「ロイヤル・ブリテン・ツアー」の最後を飾るのに、これほどふさわしい場所はなかったのではないかと思う。
その場にいるだけでワクワクするエジンバラ市内のクリスマス・マーケット!
ホテルにステイする醍醐味の一つに、非日常体験がある。ロケーションがもたらす新鮮さだけではない。自分とはまったく異なる趣味のインテリアや調度品に囲まれて過ごす、丹念に用意された非日常。ことプレストンフィールドに関していえば、これまで泊まったどんなホテルとも違う体験が待っていたと言わねばなるまい・・・。

私たちはちょうど日没後にエジンバラ中心部を車で出発し、ほんの5分程度でエジンバラ郊外に位置するホテルへと到着。プレストンフィールドについてほとんど知識がないまま訪れた私は、夕闇の中、建物の全容もわからないまま大きな屋敷のファサードをくぐり、スコットランド男らしくキルトをまとった笑顔のポーターたちに迎えられ足を踏み入れた世界に、心底驚かされることになる。

建物の中は通常の五つ星ホテルで感じられる「洗練された温かさ」とか「グラマラス」などといった言葉が上滑りする、ごく濃厚な空気感が漂っていた。身を置いたとたんに別の時空に連れていかれる場所。積み上げられた歴史だけが醸成できる、円熟のアンビエンス。いや、それだけではない何か・・・。確かなのは、宿泊する誰もが嫌が応にも時計の針をぐるぐると巻き戻させられてしまうということ。そこは中世スコットランドの貴族の館そのもの、だったのだ。
奥まった場所にあるレセプション・ルーム。ここに通される途中、ダイニング・ルームの前を通るのですが・・・横目でチラ見して心臓が文字通り飛び出そうになりました。
屋敷が持つオーラに触れ不思議な心持ちになりながら玄関からレセプションへと向かう途中、予期せずこのホテルの中心とも言えるレストランの前を通ったとき・・・心臓がドクン、と大きく高鳴ったのが自分でもわかった。ちょうど晩餐のためにテーブルが整えられている最中だった。昔のカントリーハウスそのままに、今まさに館の家族のディナー・テーブルの蝋燭に給仕係が火を灯そうとしているところ・・・そんな幻が見えそうだ。その炎はバロックそのものとも言えるインテリア全体に、美しい陰翳を与えていた。

このようなおごそかな晩餐の支度を眺めているうち・・・私はこの館の魔法にかかってしまったようだ。
ゴシック好きにはたまらない光景(笑)。
後ろ髪を引かれるように廊下を進み、チェックインを済ませると、夕食までの時間を思い思いに過ごすため、あてがわれた客室へと向かう。扉を開き、自分がその夜に宿泊することになる部屋に入ったとたん、これまた目を奪われることになる・・・。白状しよう。これほどまでに重厚な佇まいの部屋に泊まったことは、これまでに一度もないと。
細部まで統一されているスタイルに注目。古さを感じさせない現代のバロック。
昨今、古い屋敷を利用した歴史ある高級ホテルでも内装はなるべく現代的なタッチを施して軽さを演出しているところが多いなか、プレストンフィールドの客室は深みのある真紅とゴールドを基調として、シルク張りの壁からカーテン、彫刻の美しい調度品まで堂々とした中世の趣そのまま。正直なところ、現代的な感覚からすると一歩間違えば“キッチュ”とか“タッキー(悪趣味)”になってしまいそうなテイストなのだが・・・よ〜く見てみると・・・調度品は全部本物らしいアンティークで、壁布やテキスタイルも妥協なしの高級品。徹底した中世テイストは本物だけが醸せる重厚感を表現することに際どいところで成功しており、部屋を一通りチェックして妙に感心してしまった。
ウェルカム・シャンパンやチョコレートは素直に嬉しいなぁ。
このプレス・ツアーは「ロイヤル」がテーマなのだが、ここはイギリス王室と言ってもスコットランド王家とゆかりのある土地である。プレストンフィールドは12世紀、スコットランド王デイヴィッド1世の子息によってシトー修道会の修道院が建設されたことが始まりだと言われている。その証拠にもともとはプレストンフィールドではなく、プリーストフィールド(Priestfield)と呼ばれていたそうである。

スコットランドが英雄ロバート・ブルース(ロバート1世)の導きによって劇的な独立を勝ち取った後、屋敷はロバート1世の孫の手に渡る。さらにジェームズ4世のお抱え印刷工(!)などの手を経て、カソリックの名家、ディック家の所有するところとなった。このディック家の長きに渡る繁栄とともに、プレストンフィールドも華麗なる歴史を刻んでいくことになるのだ。

ピューリタン革命から名誉革命へと向かう激動のただ中、1670年代に屋敷はプロテスタントの学生たちによって焼き落とされるという憂き目に遭ったものの、ディック家はすぐさま新たな館の建設に着手する。それが現在の建物で、1687年、エジンバラ市長も務めたジェームズ・ディック卿が、王室付きの建築家だったウィリアム・ブルース卿に依頼して建造したものだという。ちょうどイギリスでも重厚であると同時に華やいだ雰囲気のバロック様式が盛んに取り入れられた時代だ。エリザベス女王が夏季に滞在することでも知られるホリールード宮殿を現在のバロックな形に再建したのもブルース卿なので、文句なく王家の館に準ずるクオリティだと言えるだろう。プレストンフィールド・ハウスの由緒正しさは、こんな事実からも伺えるのだ。

さぁ、晩餐の時間である。

いそいそと先ほどのダイニング・ルームへ戻ると、晩餐会の支度はすっかり整っていた。総勢10名のジャーナリストが思い思いにドレスアップし、ゴシック・ストーリーの登場人物よろしく仄暗い食卓を囲む。何百年も前から繰り返されてきた光景だ。
右の肖像画はチャールズ2世。初代当主のジェームズ・ディック卿と同時代の治世者です。
ディック家の何代目かの当主であるアレクサンダー・ディック卿は王立内科医協会の会長も務めていた医師であり、園芸と薬草に並々ならぬ興味を抱いていた人物だったそうだ。そしてこのアレクサンダー卿こそがルバーブ栽培をスコットランドに広めた最初の人物なんだそう。彼はルバーブの薬効に気付き、医薬利用もしていたらしい。この比類なきレストランが「ルバーブ」と名付けられているのは、上記エピソードに由来する。
料理はハイレベル! セット・メニューもあり、お値段は目が飛び出るほどは高くないです。
ホテル内を飾る調度品やタペストリーを含む芸術品については、17世紀に建造された当時のプレストンフィールド・ハウスのために特別に発注されたオリジナルが現在も多く残っている。その中には初代ジェームズ・ディック卿と同時代にホリールード宮殿に住んでいたチャールズ2世の肖像画があり、ダイニング・ルームの特別な場所からゲストを見下ろしている。2人はもちろん、親交があったことだろう。

なおバロック風の漆喰の飾りはホリールード宮殿と同じイタリア人職人によって仕上げられ、またレザー・ルームと呼ばれる部屋の金色に輝くレザーは、スペインのコルドバから持ち込まれたものだという。

プレストンフィールドといえば、ルバーブ・レストラン。地元の人にはそう認識されているらしいとっておきレストランの味は、エジンバラきっての五つ星ブティック・ホテルの名誉に恥じないものだった。小規模生産者から仕入れた上質の食材を使って作る、スコットランドらしさを取り入れたモダンな料理。各国のジャーナリスト諸君を驚かせるに十分なクオリティだったようだ。

そして翌日の朝食も、同じルバーブ・レストランでいただく。

・・・光に晒され、夜にかけられた魔法が解けてしまわなかったかって? いえいえ、射し込む光と重厚なインテリアがハーモニーを奏でるグロリアス加減もまた、格別であった・・・と明記しておこう。
この独特の空気感は、ニセモノのホテルでは味わえないかも。左は他の人が食べていたフル・スコティッシュ・ブレックファスト。やっぱりブラック・プディングが!
右はわたくしがいただいたベジ・スコティッシュ。まあるいポテト・パンケーキや穀類を使ったブラック・プディング風パテも美味しい。
ゆっくりと時間をかけていただく旅の朝食はとってもスペシャル。ちなみにアフタヌーン・ティーはタペストリー・ルームでいただけます!
18世紀になると、プレストンフィールド・ハウスは現在でもよく知られる人々をゲストとして迎え始める。例えばベンジャミン・フランクリン(ホテル内で最も贅沢なしつらえのスイートは、彼の名を冠している)。そしてサミュエル・ジョンソン博士。彼は当時の当主であったアレクサンダー・ディック卿と友人同士で、最期の日々はディック卿に診断を仰ぐなど信頼をもとにした親交があったようだ。

半世紀前からホテル/レストランとして新章を刻み始めてからも、モナコのグレース大公妃を含む王侯貴族、ウィンストン・チャーチルやマーガレット・サッチャーといったトップ政治家たち、ダライ・ラマ14世、ローレン・バコール、ショーン・コネリー、エルトン・ジョン、ジェシー・ノーマン、キャサリン・ゼタ・ジョーンズをはじめとした多くの著名人がプレストンフィールドを訪れている。

館と広大な敷地はディック家が1969年まで所有しており、その後、ホテルとして生まれ変わった。現在のオーナー、ジェームズ・トムソンさんの手に渡ったのは2003年のこと。スコットランドで最もよく知られたホテルマン/レストラン事業家であり、すでにロイヤル・マイルにゴシック様式の五つ星ブティック・ホテル「The Witchery by the Castle」を40年前に手がけて大成功させている。このホテルはプレストンフィールドと同様、妥協ゼロの豪華スタイルで当時も人々をあっと言わせたようだ。
キルトをまとった笑顔のスコティッシュ・ガイ。サービスはちょっとスローだったかな(笑)。
朝食後に初めてホテルの外観を見ました。内部の重厚さとは裏腹に、意外とシンプルなバロックだったのが驚き。
広大な敷地は王立ホリールード公園に続くリッチなロケーションにある。その先に佇むのは、ホリールード宮殿だ。つまりホリールード宮殿とプレストンフィールド・ハウスは、公園を挟んだお隣さんなのだ。そして、火山岩で小高く盛り上がった公園の真ん中付近には、アーサー王の玉座(アーサーズ・シート)と呼ばれる高台が二つの館を見下ろしている。伝説のアーサー王が本当にこの高台からエジンバラの街を見下ろしていたことがあるとしたら・・・ここは、そんなロマンを膨らませるにもうってつけのホリデー先なのだ。
もし私がインターネット検索でこの宿を見つけていたとしたら、きっと予約まではしないだろう。写真で見るインテリアは時代ががっていて、現代なら一部のヨーロッパ人しか好まないのではないかと思える強烈な個性がある。言ってみれば日本人がよしとする侘び寂びやシンプリシティとは対極にある宿だから。

でも、私は幸運にも人に連れてきてもらった。そして、実際にこの目で見て、本物だけがまとえる絢爛にノックアウトされた。もしあなたがクリスマス時期にエジンバラを訪れる予定があるなら、プレストンフィールド・ハウスは絶対に期待を裏切らない滞在先であり、食事処だ。それは私が保証する。

私がかかったクリスマス・マジックは、翌日の個人的なロスリン礼拝堂探訪までずっと続き、ロンドンに戻るまで効力を発揮していた。スコットランドという土地の魅力を、もっともっと探求したい、そう思わされる旅だった。

Prestonfield House
住所:Priestfield Road, Edinburgh EH16 5UT
エジンバラ中心部からタクシーで10分程度
www.prestonfield.com
Facebook:https://www.facebook.com/PrestonfieldEdinburgh/
Twitter:@PrestonfieldHH
英国政府観光庁
https://www.visitbritain.com/jp/ja

Text&Photo by Mayu Ekuni

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出会いはセント・アンドリュースで


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江國まゆ

江國まゆ

ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。

http://www.absolute-london.co.uk

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