Absolutely British エルムリー・キャッスルという奇跡

2020.10.01

人が幸せに生きていくのに本当に必要なものってなんだろう。

まずは自分自信を信じる力。そして身近な人たち。1000人を超える人々との細い繋がりよりも、家族や友人、同僚、ご近所さんとの関係性の中から育まれていくもの。その関係性によって結ばれている骨太のコミュニティの中に、見るべきものがあるのではないか。なぜなら生活の基盤がそこにあり、それが自分自身の土台となっていくから。とくに自宅にいる時間が長くなっている今、地元コミュニティの重要性は以前にも増してクローズアップされているのではないだろうか。

夏の終わりに、コッツウォルズ北西端にある村、Elmley Castle / エルムリー・キャッスルに友人家族を訪ねた。

エルムリー・キャッスルは人口400人ほどの小さな村だ。村の中心にパブと教会があり、学校もある。商店などは一切ない。コッツウォルズと聞いて思い浮かべる有名な村とは全く異なる、超ネイティブな英国がそこにある。家から一歩外に出れば顔見知りばかりだ。強い絆で結ばれた村人たちが形づくるコミュニティのあり方は古い時代のものだけれど、今後は価値観が先祖返りする可能性だってある。

だからひもといてみた。エルムリー・キャッスルの魅力を。これから人類はどんなコミュニティを目指せばいいのか、その一つのモデルがここにある気がしてならなかったから。数世紀に渡って変わらず息づいている何か。「イングランドで最も美しい村10選」に入るほどの気高い村であるなら、なおさらだ。

Elmley Castle 木骨造りの家ばかり。これがハイ・ストリートです!
Elmley Castle エリザベス朝から存在する建物に、今もふつうに人が住んでいます。
Elmley Castle 散歩道沿いにある家たち。
Elmley Castle 保存状態が良いです。
村の中心は、教会か、それともパブか。きっと人によって答えは違うと思うのだが、大勢が集まってくつろげる場所が中心だとすれば、パブに軍配があがる。しかもエルムリー・キャッスルのパブは通常のパブとはちょっと違う。地元のチームが運営する、正真正銘のコミュニティ・パブなのだ。

そのThe Queen Elizabeth Innは、2018年末に地元新聞主宰の「パブ・オブ・ザ・イヤー」に輝いたスペシャルなパブでもある。2014年にパブのオーナーがリタイアしたことをきっかけに26人の住人が立ち上がり、改修・改装をボランティアが担って再生させた。以来、地元の人々ができることで貢献しつつ、イギリス全土でも珍しい公共パブとして運営されているのだ。

べったりと地元色の濃いパブなのかと思いきや、ウスターシャー観光局からは「ベスト・ツーリスト・パブ」のお墨付きももらっており、外から来る人々ももちろんオール・ウェルカム。村で唯一の飲食施設でもあり、観光で訪れる人々を温かく迎え入れる唯一の場所としても機能している。私がお世話になったお宅のご主人、ニールさんはこのパブの経営に携わる一人。村を愛し、パブ経営を心から楽しんでいる様子が伝わってきて、滞在中は実に朗らかな気持ちにさせられた。
クイーン・エリザベス・イン 村の中心にあるクイーン・エリザベス・イン!
クイーン・エリザベス・イン 1575年8月20日・・・何やらエリザベス1世と関係ありそうですね。
クイーン・エリザベス・イン 奥には寄贈された本を置くスペースを設けるなど公共施設としての役割も果たしています。
さて、このクイーン・エリザベス・インというパブの名前からうっすらご想像いただけると思うが、 チューダー朝のエリザベス1世が村を訪れたという史実に基づいて名付けられたものだ。

エリザベスは毎年夏になるとロンドン近郊の宮殿を抜け出し、地方を治める諸侯たちを訪ねて地方行脚することが習わしだった。これを「Royal Progress」と言う。休暇の一種だが視察の意味合いもあったようで、スペインの無敵艦隊を打ち負かした勝利の後は、特に念入りに行脚したという記録が残っている。

女王様一行を迎えるのは大いなる名誉であったに違いない。しかしながら、それは政府機能とエンターテインメント機能を同時搭載した 300名にも及ぶ一行を数日間に渡って歓待することを意味するので、膨大な散財となり衰弱したり破産したりする諸侯もいたのだという。参勤交代の逆バージョンのような印象を持ったが、ある貴族は現在の金額にして13億円の出費となり破産したという記録もあって、その規模はちょっと想像もつかない。

エリザベス1世がエルムリー・キャッスルを訪れたのは1575年8月20日。地主のサベージ家が、教会の裏手にあった屋敷で女王を歓待したそうだ。こうした小さな村を女王が訪れ2泊もすることは稀なので、なぜ彼女がここを選んだのかも謎。どうやって大規模な一行をこの村で受け入れることができたのかも謎だ。予定の場所に行き着く前に疲れ果て、気まぐれで立ち寄ったのかも? と仮説を立てて見たりもするが、さて。それでもエルムリーの人々の高揚は手に取るように分かるから不思議だ。
パーク・ハウス パーク・ハウスと呼ばれたサページ家の屋敷は、この教会の裏手にありました。今残っているのはエントランスの部分だけだそうです。
セント・メアリー・ザ・ヴァージン教会 11世紀にまで遡るセント・メアリー・ザ・ヴァージン教会。村を守護する存在です。サページ家のお墓もここに。
エルムリー・キャッスルの誉れは 「エリザベス1世の訪問を受けた村」というだけに留まらない。14世紀初頭、当時の地主によって少年たちによる聖歌隊が結成され、彼らを育てるための学校が教会に併設されたことから、ここは「ウスターシャーで唯一の大学教会のある村」の名誉も授かることになった。学校はヘンリー8世が全国の大学教会を閉鎖するまで200年の間続き、村の歴史を彩った。

しかしエルムリーのハイライトは、じつは歴史物語の中にさえない……そう言うと驚かれるだろうか。私自身、今回の訪問でいちばん驚いたのは、村の裏手に広がるBredon Hill / ブリードン・ヒルと呼ばれる広大な丘の存在だった。

ある朝、幸運にも友人家族から「散歩に行こう」と、誘ってもらえたのだ。それがどんな散歩になるのかなんて全く予想もしないまま、私は夏の終わりの木漏れ日の中に飛び出した。
ダムソン 歩けば無人販売に行き当たるのも田舎道の醍醐味。ダムソンの季節でした。
コッツウォルズ丘陵 村を出発し、緩やかな傾斜を上っていきます。その眺めは本当に素晴らしいのです。
コッツウォルズ丘陵 高みから望むコッツウォルズ丘陵。
コッツウォルズ丘陵 丘のてっぺんは平地になっていて……
コッツウォルズ丘陵 高みの端に、古い塔がモニュメントとしてそびえています。18世紀半ばに建てられた塔の目的は、眺めを楽しむためのサマーハウス。
コッツウォルズ丘陵 この塔が立つ場所は海抜981フィート(約300メートル)で、塔の高さを足すことで1000フィートになるよう計算されているのだとか。今は携帯会社の電波塔です。
コッツウォルズ丘陵 塔の周辺からの眺め。Wow!
ブリードン・ヒルは太古の昔から、そこに存在してきた。紀元前の鉄器時代に使われていた砦の跡も残っている。自然崇拝と関係する謂れのある石も点在している。ローマ時代に使われていたコインが多数出土したり、珍しい昆虫などの野生生物や野草の種類が豊かで特別保護区に指定されていたりと興味は尽きないが、土地の人たちにとっては、ただ風に吹かれ、自然との接点を強く感じたいときに土を踏みしめながら上ってきたい散歩道の一つなのではないだろうか。

村からの行き方は何通りかあるようだが、だいたい2時間程度の雄大なウォーキングを考えていればいいだろう。もちろん食料や敷物を携えピクニック気分を味わうのもおすすめ。コッツウォルズ丘陵を望む麗しきランドスケープ、そして自然との一体感。比類のない体験がお待ちかねだ。
コッツウォルズ丘陵 コッツウォルズ では乗馬はごく日常的なスポーツの一つ。
コッツウォルズ丘陵 帰りは別ルートで別の景色に出会う。
さて、私がお世話になった一家は12年ほど前にこの村に引っ越してきたそうだが、実はロンドンとコッツウォルズの両方に家を持つ、夢のデュアル・ライフを実現中。今夏はコロナのおかげでエルムリー・キャッスルでのまとまった滞在期間が最長になったとおっしゃっていた。

印象的だったのは友人がこう言っていたこと。「コッツウォルズは昔から住んでいる人がまだまだ多いから、私たちのような新参者は受け入れてもらうまでに時間がかかる。だけどやっと、かな」。受け入れはニールさんがパブの経営に関わり始めて、加速したことでもあるそうだ。

そのニールさん、なんとコッツウォルズ にきてから共同の馬主にもなったそう。村の端にある競馬トレーニング・センターに2頭の愛馬がいるというので、連れて行ってもらうことにした。
コッツウォルズ丘陵 クリケット場! ゲームをしているのは子どもたち。ここは学校の児童しか使えないグラウンドで、「子どものため」が、この広場を提供してくれた方の条件なのだとか。
クリケット場のそばを通って小川を渡ると、そこには厩舎兼トレーニング場があった。 競馬のトレーニング・センターとしては小さいほうだけれど、一人のトレーナーさんが面倒を見るにはちょうど良い大きさなのだそうだ。

トレーナーはもう30年以上のトレーニング経験のあるベテラン、ロイさん。コッツウォルズを拠点に様々なレースで活躍している。ニールさんの姿をみると、すぐに2頭の様子を話してくれた。なんだかワクワクと充実している毎日なのである。
競馬トレーニング・センター 馬たちは毎日、順番にロイさんからトレーニングを受けます。
競馬トレーニング・センター ニールさんの馬、デザブー。ヒデブーでもデジャヴでもありません。
競馬トレーニング・センター 馬愛がいっぱいの熟練トレーナー、ロイさん。ここではロイさんが馬の世話もトレーニングも全部されています。
競馬トレーニング・センター もう1頭のダンベイクリークとニールさん。
家に帰る途中、馬たちと接してホクホクになった私に、ニールさんは村がすでに6世紀頃からあったこと、エルムリー城の城主たちのこと、昔はパブが3つあってその一つがサイダーハウスだったことなどをスラスラと話してくれる。確かに村の名前が公式文書に現れるのは8世紀に入ってからだが、サクソン人がここに定住していた時代を数えるならそれよりも160年は早い時期に村が形成されていたことになる。

今のような村並みに整ったのがおそらくエリザベス朝前後であり、その頃から基本的に、ほとんど変わっていないはずだ。友人宅は 1550年頃に建てられた家で、幅広い漆黒の床板に深い歴史を感じる広々としたお宅。こんな歴史ある建物の中で寝起きさせていただき、本当に感謝の気持ちしかないのである。
イングリッシュ・ブレックファスト ある朝のイングリッシュ・ブレックファスト! しみじみ美味しい。
ミニ・アフタヌーン・ティー ご近所さんからもぎたてのダムソンが届けられ、娘さんがジャムに。ある午後はとなり村からお友達がやってきてミニ・アフタヌーン・ティー。
いや決して、田舎生活の豊かさを強調したいわけではない。16世紀から続く風景の中、数百年に渡って変わらず存在しているものに、ただ敬意を払いたいだけなのかもしれない。

そこには「小さなコミュニティがどのように機能するのか」と言う命題がある。そして自分が所属するコミュニティは自分たちで選べるし、育めるという事実も。

決して「小さなコミュニティがいい」というわけではない。その方が繋がりを感じやすいというだけで、むしろ相互扶助できるスムーズな社会単位は、大きければ大きいほど助かるはずだ。地球上で言うと北欧諸国は国家単位だけれど、先進国としては人口が圧倒的に少ないので人々の意思を反映しやすい。

風通しが良く相互扶助ができ、住みやすいコミュニティだと個人も幸せなのに違いない。繋がりのあり方、自主性、前進する力。エルムリー・キャッスルといヴィレッジ・モデルが示唆する何か……。そんなことを考えた夏の終わりだった。

The Queen Elizabeth Inn
https://www.elmleycastle.com

Bredon Hill
https://www.discoverworcestershire.co.uk/listing/bredon-hill/

Text&Photo by Mayu Ekuni


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江國まゆ

江國まゆ

ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。

http://www.absolute-london.co.uk

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