愛のある小さな宿「The Woodcote」、そして中世の町へ by 江國まゆ| BRITISH MADE

Absolutely British 愛のある小さな宿「The Woodcote」、そして中世の町へ

2026.05.01

イギリスの田園地帯には、いつも驚かされる。分かったつもりでタカを括っているとサイドから突然心地よいブローがやってきて、バッサリ小気味よくやられてしまう。いや、本当の話。真実にはまだほど遠いのではないか。なんてことを考えさせられた春の旅について、一部始終をご紹介しよう。

実は今回は、宿の方が先に決まっていた。そこはロンドンから南西へ約2時間弱という、なんともいい塩梅なロケーションにある。私はロンドン・ウォータールー駅に降り立ち、「Pulborough」という名の駅を目指す。1時間20分ほど揺られ、そこからタクシーに乗り換えて15分ほど走ると、「The Woodcoteウッドコート」という魅惑のレストラン兼ブティック・コテージに到着する。

え、ブティック・コテージって? 説明しよう。ブティック・ホテルのコテージ版ということだ。つまり、モダンで小粋なコテージ・ステイということ。電車に揺られながら、ニヤニヤ顔が止まらなかったのは言うまでもない。

ちなみにこの電車路線は行き先が途中から二手に分かれるので、Pulboroughを通過する正しい車両に乗っていることが必要だ。私のように無駄にパニックに陥らないよう、気になるようなら乗る前に車掌さんに確認することをおすすめする。

現代的なオーベルジュ「The Woodcote」

さぁ、ウッドコート。ここはウェスト・サセックスの底をウナギの寝床のように東西に貫く景勝地、サウス・ダウンズ国立公園のど真ん中と言う癒しの土地にあり、四方八方を緑に囲まれている。日常の垢を落とすにはもってこいの宿としてオススメされ、春を待ってようやくやって来た次第である。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー古いパブを改装したThe Woodcote。キュートなオーベルジュ。
到着後は居心地の良い暖炉のそばに陣取って、さっそくバーで乾杯。ドリンク・リストには地元ウェスト・サセックスが誇る黄金色のスパークリング・ワインや特製カクテルを。ここにもあなたが知らないイングランドが隠れているはずなので、気になる向きはスタッフさんに地元産の自慢話を聞いてみるのもいい。旅のお楽しみは、何気ない会話から始まるものだ。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー
ここはいわゆるオーベルジュのような施設で食事に力を入れているのだが、その“入れ具合”が半端ない。シェフは以前勤めていたレストランでミシュランの星を獲得したことのあるマット・ギランさんで、テレビ出演経験もある人気者だ。庭と周辺の緑を見渡せるうっとりするようなダイニング・ルームでいただいたこの日のディナーは、真に思い出に残るものだった。

例えば…….サウス・ダウンズの奥深くを歩く、しなやかな鹿。森のキノコや海岸で獲れる身の引き締まったカニ、近海を泳ぐオヒョウ。そしてウッドコートの敷地で採れる野菜やハーブ、果実など、地元の食材をふんだんに使った「サセックスならではのご馳走」。一口ひとくちが身にしみるとはこのこと。食べることで私も土地の仲間入りをしたようで、素直に嬉しくなった。ディナーの詳細についてはこちらの記事で読んでいただけるのでぜひ。

次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー右はベジタリアン・メニューの一つ。素材への敬意が感じられる一品。
丹念に整えられたコテージでのステイについては、長く書くつもりはない。「すこぶる快適」。この一言で十分だ。手作りのウェルカム・クッキーも、新鮮な土地のミルクも、私たちには外せない快適な湯船も。5つ星ホテルと同等の心地よさが待っているとだけお伝えしておこう。

そういえば!ここのタオルがすごいんです。お風呂から出て、いざ身体を拭こうとフワリと巻き付けるだけで、気づくともう一瞬で乾いているという…….どういうマジックなのかわからないのだが、旅の連れも同じことを言っていたのでこれは本当。ブランド名を聞いておけばよかったと、少し後悔している。調度品も上品なカントリーシック調で落ち着きがあり、全てが完璧。おおよそ過不足というものがないのだった。今のところ6棟しかないので、春から夏にかけては争奪戦になるだろう。

次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリーファブリックはオーダーメイドなのだとか。デザイナーさんも地元出身。
朝起きると中庭に面したダイニングが、美しく穏やかな光に満たされていた。窓際でゆったりといただいた朝食の、なんと素晴らしかったことか。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー
写真を撮り損ねてしまったが、宿の心遣いが、朝一番で運ばれてきた。それはビタミン不足が吹き飛ぶような栄養満点のロージュース! スタッフのジャニーさんが自ら作ってくださるウッドコート名物だとかで、これが文字通り身体にしみる美味しさ。ほうれん草、ケール、セロリ、キュウリ、グリーンアップル、ブドウ、そしてジンジャー。それらを絶妙のバランスで配合したグリーン・ジュース。1日の健康に欠かせない神の雫なのだ。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー近くのマナーハウスのベーカリーから焼きたてが届く。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー丁寧に作られたイングリッシュ・ブレックファスト。スモークトラウトを添えたアボカド・トーストも新鮮で美味。
ここはB&Bでもあり、温かい朝食は宿代に込み。それにしても贅沢! ペイストリー類はなんと、近郊に佇む17世紀の貴族の館、Petworth Houseのベーカリーから毎日配達されるのだそう。これには驚き。ペットワースはナショナル・トラストが管理している美術コレクションで有名なマナーハウス。そういった場所に近いというメリットも、ウッドコートに滞在する醍醐味でもある。

実際、15キロ程度の半径にさまざまなアトラクションがあり、前後の日程でどこに行こうか迷ってしまうほどなのだ。

しかし何はともあれ、隣接する素晴らしい動物ファームへ、まずは散歩へ行こう!

お隣の動物ファームで癒される

ウッドコートから通りを隔てた向こう側に、広大な動物ファーム「Nonnington Farm」がある。この農場は、聞くところによると純粋な動物愛護の目的で運営されているのだとか。大地がぬかるんでいる場合があるので長靴か、せめてウォーキング・ブーツで歩いて欲しいのだが、動物との触れ合いで癒されたいなら、足が泥まみれになってもここは必訪。

次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリーこの朝の散歩で、エネルギー・チャージ完了。
ラマやアルパカ、幾種類ものヒツジやラバ、ヤギ、ポニーや鳥たち。のどかに共鳴し合う彼らを見ているとなんとなく心が落ち着き、にこやかな気持ちになる。農場は私有だが、フットパスを通って見学できるので問題ない。晴れた日は遠くの牛のいるあたりまで歩いてみても良いかもしれない。1時間程度の散歩コースとしてもおすすめだ。

その他、ウッドコートから近いアトラクションについては、こちらのページに詳しい。

スポーツ関連の活動なら、こちらのページで。

ミッドハースト:マナーハウスの廃墟が見下ろす町

ウッドコートに泊まると決めたとき、翌日の楽しみ方をいろいろ調べて真っ先に訪れたいと思ったのが、チューダー朝のマナーハウス跡として知られる「Cowdray Ruins」、カウドレー・ハウスの廃墟だった。18世紀末に火の不始末による火災で焼けてしまった城だ。

500年の時を超えて今も威風堂々と佇むマナーハウスの遺構と、隣接するミッドハーストの町は、ロザー川と呼ばれる小さな流れを挟んで睨み合っている。

次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリーミッドハースト側から見たカウドレー・ハウスの廃墟。町から屋敷へ続くこの道は「The Causeway」と呼ばれる。
1520年代から22年の歳月をかけて段階的に建設されたカウドレー・ハウスの廃墟は、遠くから眺めると幻想的でさえある。ミッドハーストはそのもっと前からマーケット・タウンとして栄えた歴史があり、15世紀以前はノルマンディー系のボウン家がこのあたりの荘園主だった。

男系のボウン家が途絶え、なんとか女系の結婚で維持するも、結局屋敷を手放すことになり、その後やってきたのがヘンリー8世の寵臣でもあった有力貴族のフィッツウィリアム卿で、建設中だった現在のカウドレー・ハウスを1542年に完成させた人でもある。この後、マナーハウスは彼の異母弟のブラウン卿に譲られ、ブラウン家が代々受け継ぐモンタギュー子爵の管轄下に置かれることになる。

マナーハウスとミッドハーストの村は歩いてほんの5分の距離にあるにもかかわらず、両者は別々の教区に属している。この地にきてなんとなく感じたのは、町と城に、思いのほか大きな溝が横たわっているのではないかということだ。ロザー川とその草地の距離以上に。

次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー正面のスタイルがハンプトン・コート宮殿にとそっくり。こういったスタイルはチューダー朝貴族の流行りだったのかもしれない。
マナーハウスは1793年、改修中に作業場から発生した火で焼けてしまった。この取り返しのつかない火災は、実はある「呪い」の結果と言われている。「呪い」はおそらく、チューダー朝のやんちゃな王様、ヘンリー8世が宗教の掟を破って離婚したいがために施行した前代未聞の独善政策「修道院の解体」に端を発している。イングランドによる歴史的なローマ・カソリックからの離脱の試みである。

ヘンリー8世は力のある修道院を手当たり次第に解体し、その土地を自分の息のかかった廷臣たちに分け与えた。その一人がアンソニー・ブラウン卿。当時のカウドリー当主である。しかしこの強制的な修道院の解体に怒ったある修道僧が、ブラウン卿が下賜されたある修道院で宴会を開いた際、壇上に上がってブラウン卿に直接呪いの言葉を浴びせたという伝説が残っている。「火と水によって汝の血筋は途絶え、この地から滅び去るだろう」と。

その200年後、18世紀末にカウドレー・ハウスで火災があり、そのわずか数日後、カウドレー当主であった24歳の第8代モンタギュー子爵がスイス旅行中にライン滝で溺死したのだという。まさに火と水の呪い(悪いことはできませんね)。

第8代子爵の死後、爵位は親族に継承されたが子孫を残さずに亡くなったため、ここでついにブラウン=モンタギューの相続は途絶えたことになる。別の貴族の手に渡ったが、焼け跡は20世紀になるまで長らく放置されていた。

次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリーCowdrayとは、「ハシバミの森」という意味のノルマン語にちなんでつけられた名前だそうだ。
大部分が焼失したマナーハウスが立つ敷地を含め、広大な一帯の土地を1908年に購入したのは、貴族ではなくヨークシャー出身の富豪ビジネスマンだった。鉄道や航空などの建設技術、石油や投資で財を成したこの事業家、ウィートマン・ディキンソン・ピアソンは、由緒あるカントリーハウスを入手することで引き続きステータスを構築したかったのだろう。

ピアソンは国会議員を15年務めて1910年に男爵になり、2年後に、スコットランドにある貴族の邸宅を購入。大富豪となっていた彼は、ついに1917年、「カウドレー子爵」に叙せられた。興味深いのは、ピアソン卿が廃墟に新たな手を入れたりせず、細心の心遣いで現在の形を維持する保全活動を行ったこと。そのおかげで現在も私たちはこのロマンあふれるチューダー朝の幻想を垣間見ることができるというわけだ。

現在はカウドレー・ヘリテージ・トラストの管理下にあり、一般公開されたのは2007年の修復時。ちなみにピアソン家のカウドレー子爵は現在も続いており、現当主は4代目子爵のマイケル・ピアソン卿。ミッドハースト周辺の土地の多くを所有する大地主でもある。

建設やインフラ開発で100年をかけて財をなしたピアソン家だが、21世紀になってからはメディア企業のピアソン社としてピンと来る方もいるかもしれない。ミッドハーストでは、彼らの所有する建物は、見ればすぐわかる。窓枠が黄色に塗られているのだ!

次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー黄色い窓枠の左の建物は、カウドレー・エステート所有なのだそう。右はBootsの入る建物。歴史を感じます。
廃墟に隣接するチューダー・タウン、ミッドハーストは、町並みに心惹かれる古い市場町だ。建物を眺めながら散策するだけでも、十分に楽しめる。

中世の面影を残す町では、5月最初の土曜日に毎年恒例の「ミッドハースト中世祭り」を開催。中世のコスチュームに身を包んだ人々が再現する劇や戦闘イベント、弾頭台の再現、鷹狩り、木炭作りの実演、中世の音楽演奏などで盛り上がる。

次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリーここが町の中心部で、教会のある場所。この辺りにはスプレッド・イーグル・ホテルをはじめ15〜16世紀にかけて建てられた多くの建物が残っている。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー保存状態のよい中世の建物群はこの町の見どころ。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー町の歴史を古代から説明した「ミッドハースト・ミュージアム」も面白い。町の重鎮たちの溜まり場。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリーアンティークやヴィンテージの良質店やファッション・ブティックなど、個性ある店が揃っています。
ミッドハーストは『タイム・マシン』『透明人間』『宇宙戦争』などのSF作品で知られる作家H・G・ウェルズが1880年代に化学者の見習いや教師として暮らした町でもある。ブループラークが学校(ミッドハースト・グラマー・スクール)に設置されていて感動。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリーH.G.ウェルズのブループラーク。
土地のお土産なら、町の中心部から歩いてほんの10分程度のところにあるファーム・ショップ「Cowdray Farm Shop」がおすすめ!ありとあらゆる特産品を取り扱っているほか、生活雑貨やファッション・ブティック、カフェも敷地内にあり、地元でも大人気だ。
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリー趣ある店内も見どころ。ワクワクするお店でした。
ファーム・ショップへは町から車道を道なりに歩くこともできるけれど、おすすめのルートはカウドレーの廃墟から真っ直ぐ続く田舎道!
次のイギリス旅行で訪ねたいイングランドの隠れた名所|グラストンベリーファーム・ショップから廃墟へ続く、最高の散歩道。
さて、古いパブを改装したモダンなオーベルジュ「The Woodcote」に宿泊し、動物とたわむれ、時空を超えた廃墟に触れ、傾いだ家の間を練り歩く旅はいかがだっただろうか。

イギリスの田舎には、今も発見がある。そこには掘りおこす価値のある歴史、土地の思い、進行中のストーリー、未来への種など、見出すべき真実が横たわる。皆さんも今年の夏は、そんなイングリッシュ・カントリーサイドへ旅してみてはいかがだろう。


ブリティッシュメイド公式アプリ

plofile
江國まゆ

江國まゆ

ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。

http://www.absolute-london.co.uk

江國まゆさんの
記事一覧はこちら

同じカテゴリの最新記事