ヨーロッパ満喫日記 ~北アイルランド・ベルファスト&ジャイアンツコーズウェイ篇~ (ブリティッシュ“ライク”)| BRITISH MADE

ブリティッシュ“ライク” ヨーロッパ満喫日記 ~北アイルランド・ベルファスト&ジャイアンツコーズウェイ篇~

2026.05.09

JOHNNY GRIFFIN QUARTETが演奏する“The Londonderry Air”というジャズナンバーがある。哀愁漂うトランペットが印象的な曲で、20代のころに聞いて以来大切にしている曲の一つだ。そもそもはアイルランドの伝統的な民謡で、これに歌詞をつけたのが名曲“Danny Boy”だ。Dave BrubeckやEric Claptonをはじめ、今も偉大なミュージシャンに演奏されている。色々なヴァージョンがあるが、惜しくも今年鬼籍に入ったRalph Townerの“Danny Boy”はとくに聞いている。当時はロンドンデリーが何かがわかっておらず、ロンドンとデリーが一緒くたになった地名に首を傾げた。調べてみるとロンドンデリーが都市名であることがわかり、いつしか曲のモデルとなったロンドンデリーは訪れたい街となっていた。


地図を広げると、不思議なことにロンドンデリー/デリーと二つの地名が記載されていることに気付く。デリーはゲール語でオークの森という意味だが、英国からの入植が進むにつれロンドンデリーに呼び名が変わった。宗教間の対立はすでに前回説明しているので割愛するが、結果プロテスタントはロンドンデリー、カトリックはデリーと呼ぶようになった。決定的なのは1972年1月30日、デモ行進中の27名が英国軍に銃撃された血の日曜日事件だ。ベルファスト同様、このロンドンデリーも宗教対立によって東西が分断されてしまったのである。歴史を紐解くとやはりここにも因果があった。

ダブリンベルファスト、ジャイアンツコーズウェイと周遊してきたアイルランドの旅もいよいよ折り返しに差し掛かる。ベルファストから車を走らせること2時間半。クレイガヴォン橋を曲がった先に念願のロンドンデリーがお目見えだ。S字に湾曲するフォイル川から見える街並みが美しく、シンボルである聖コロンバ大聖堂の尖塔が映える。いよいよ街に車を乗り入れると何だか様子がおかしい。おびただしい数の警官が街中に配備されているではないか…。重大な事件でも起きたのかと訝しんで恐る恐る尋ねてみると、一年に一度の大イベントが開催される日だった。どこもかしこも大渋滞で駐車することはおろか、停車することも叶わなかった。訪れるのに20年近くも経過したのに、滞在時間はわずか数十分という儚さ。撮れた写真はたった一枚だけだった。アイルランドで唯一、城壁が完全に現存する城砦都市ロンドンデリー。きっかけとなった“The Londonderry Air”を車内で流しながら、後ろ髪を引かれる思いで最終目的地ドニゴールへと車を走らせた。


ヨーロッパ満喫日記〜北アイルランド篇〜

ロンドンデリーを出発したのは15時過ぎ、早くも日が暮れ始めていた。目的地ドニゴールまでは片側一車線のN13を走る。北アイルランドではヤードとマイル表記だったが、いつのまにかメートル表記になり再びアイルランドへ入っていた。速度制限は100kmだが、定速で走行しているとあっという間に後続車が追いついてくる。束の間にビュンビュン追い越していく。その動きに迷いはなく、どう見積もっても120㎞は軽く超えている。レタケニーという町からR250に入ると丘陵地帯に差し掛かった。この辺りからアップダウンとワインディングが連続する。そういえば、この周辺ではランドローバーやパジェロをよく見かけたが、この地形を見れば納得がいく。目的地まで残り半分のフィン湖を通過するころには、すっかり日が落ちていた。おまけに霧まで立ち込め、気が付けば荒野を走る車は我々だけになっていた。ほとりにガードレールはなく、ハンドル操作を誤ればあっという間に湖に突っ込んでしまう。街灯も皆無で、自車のヘッドライトと時折すれ違う対向車の明かりをガイドに手探りで進むしかない。この丘陵地帯を無事に走り切ったことが、旅の中でもっともスリリングな時だった。こんなコンディションにも関わらず熟睡できる妻と次男に敬服するが、助手席からじっと暗闇の荒野を見つめる長男はいったい何を感じたのだろう。

ヨーロッパ満喫日記〜北アイルランド篇〜

夜の帳が下りるころ、やっとの思いでドニゴール県アーダーラへ到着した。なぜアイルランドの果てまで来たかというと、ここはツイードの名産地だからである。もちろん日本でもドニゴールツイードを使用した製品は手に入るが、生産地や、機元がどのような所なのかを直接感じてみたい、その一心で訪れたのである。ドニゴールツイードの雄として名高いのがJohn Molloy擁するMolloy & Sonsだ。天井の高い立派な店内には織機が鎮座し、店内には所狭しと生地やニットなどが置かれている。綺麗に整頓されているというより、いい按配に混在しており、宝探しのようで心が躍った。当主モロイさんは「ベルファストから自力で運転して来るなんてクレイジーな日本人だな」と歓迎してくれた。じつはこの日に近所で不幸事があったらしく、翌日に再び会う約束を交わし宿へ引き上げることにした。

ロンドンデリーから食事はおろか休憩も取らずの強行軍だった。無事に到着して安心したせいか、急速に腹が減ってしまった。アーダーラ村の中心部でピザとフィッシュ&チップスの屋台があったので注文して待っていた。そのとき、けたたましいクラクションを鳴らしながら暴走するバンがこちらに向かってくるではないか。車から身を乗り出した男たちが奇声をあげている。その数は一台や二台ではなく何十台もいる。我々同様にツーリストたちもあんぐりと口を開けていた。この旅一番の危機を塗り替える事態かと身を構えたが、よく見ると村の人々はその暴走集団を歓迎している。狐につままれるように住人に事情を聞くと、フットボールだかラグビーだか忘れてしまったが、とにかく村のクラブチームが大会に優勝したらしく、そのセレブレーションとして村の中を暴走し回るそうだ。なかなか見ることのできない景色に子供たちは大騒ぎだった。

この日はアーダーラから少し離れたグレンティーズいう村のB&Bで一泊した。B&Bはホテルとは異なり、家庭的な雰囲気を醸すことが多い。一般的な家屋の上層階を改修した民宿のようなニュアンスだ。玄関も共有で、ドアを開ければご主人がソファに座って新聞を読んでいるような家庭的な風景が見られる。朝食もホテルで提供されるような豪奢なものではなく、婦人がキッチンでこしらえてくれる音を聞きながら出来上がるのを待つ。なんだか友人の実家に泊まりに来たような感覚が味わえるのが心地良かった。


この日も朝から篠突く雨だ。アイルランドを周遊してきて、寒さはさほどではなかったが、厄介だったのは降ったり止んだりを繰り返す雨のほうだった。雨の代名詞とも言える英国を何度も旅してきたが、幸運なことに鬱陶しく感じるほどの雨に見舞われなかった。なるほど、スニーカーを履いた人が多いのは、革靴と相性が悪いからなのかもしれない。ヨーロッパを訪れた際の楽しみの一つである、クラシックカー探しも雨のせいでまったくもって空振りだった。

B&Bを後にし、モロイさんとの約束があるJohn Mollyへ再び訪れた。約束の少し前に到着するとすでに車で待ってくれていて、店を案内してくれた。昨日マークしていたツイードの生地を見せてもらい、分量を測って購入することができた。ツイードというと硬くて重いイメージを持たれる方も多いかもしれないが、ドニゴールツイードはソフトな肌触りだ。もう一つの特長が、ネップと呼ばれる繊維が絡んでできる不規則な節だ。イエロー、ピンク、オレンジなど色彩豊かなネップとの配色にすっかり魅了された。手に入れた生地は5m近くあるので、スリーピースに帽子まで共生地で作ってみると面白いんじゃないかと意気込んでいる。生地と妄想している間に二人の息子たちはすっかりモロイさんに懐いてしまった。別れの際に「お前もクレイジーだが、次男はもっとクレイジーだ。」と豪快に笑いながらラヴリーな羊のぬいぐるみまでプレゼントとしてもらった。きっとまたここには来ることになるだろうなと思いながら、モロイ氏と握手をして帰路についた。


ヨーロッパ満喫日記〜北アイルランド篇〜


帰り道にドニゴール村に寄った。小雨が降る中、こじんまりとしたドニゴール城を見ながらモロイ氏との出会いに感傷に浸っていた。アイルランド人は義理堅いというか情に熱い。パブで何を注文するか迷っていると話かけてくれたケヴィンとショーン。「調子はどうだ?困ったことはないか?」と声をかけてくれる。選ぼうとしたメニューを見るやいなや「それは不味いからやめておけ。」と諭してくれる。食事をしていると、「どうだ?美味かったろう?ところでどこから来たんだ?お前は一体何人なんだ??」とどんどん球を投げ込んでくる。だがその球は捕球しやすいうえに、彼らに返球しやすいようにこちらの左胸に投げてくれる。そんなコミュニケーションだ。これまで色々な国や都市を訪れた中で、コミュニケーションの豊かさではイタリア、とくにローマ以南の人々が筆頭に上がる。だか、彼らとはまた異なるぬくもりというか愛情が会話の節々に感じられた。物語をストーリーテラーやフォークロアで伝承する文化を育んできたアイルランド人の深遠を垣間見た。音楽、映画、演劇、文学を愛する義理堅い人々という好印象がじわじわと心に染みてきて心を鷲掴みにされた。

ヨーロッパ満喫日記〜北アイルランド篇〜


その後、再びベルファストに戻り相棒RENAULT CAPTURに別れを告げた。往路と同じように国際列車Enterprise号でダブリンに舞い戻った。最後にトルコ・イスタンブールを訪れてアイルランド周遊の旅を終えた。じつはイスタンブールでは人生初の飛行機を乗り遅れるという悲惨な体験をした。寝坊なら諦めがつくが、出発の1時間前には空港のラウンジでくつろいでいた。胡坐をかいていたらすっかり時間が経過してしまい、気が付けば後の祭りだ。すべて自己責任なので、それも今となっては笑い話だ。

さあ、次はどこへ行こう。


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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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