ヨーロッパ満喫日記 ~北アイルランド・ベルファスト&ジャイアンツコーズウェイ篇~ (ブリティッシュ“ライク”)| BRITISH MADE

ブリティッシュ“ライク” ヨーロッパ満喫日記 ~北アイルランド・ベルファスト&ジャイアンツコーズウェイ篇~

2026.03.20

ダブリン・コノリー駅を7時50分に出発した国際電車Enterprise号は、9時58分にベルファスト・グランド・セントラル駅に定刻通り到着した。昨年の旅ではイタリアのタイムテーブルに散々振り回されたのでドギマギしたが、万事順調だった。ヨーロッパ(とくにイタリア)では、指定した席に見知らぬ人が座っていることがある。彼らからすれば「空いているんだからどこに座ったって同じじゃないか」という言い分らしいが、キャリーを置く場所などを考えて座席指定した側からするとなんだか釈然としない。その点Enterprise号は、座席の上に電光掲示板があり、予約者の名前が記載されているのだ。これならば間違えようがない。そもそもアイルランドは、queue(列)を守るマナーの良い国だ。こんなことをしなくても規律を守れるに違いないが、文化や習慣が異なるツーリストが利用することも考えると、これはなかなかいいシステムではないだろうか。

ベルファスト・グランド・セントラル駅は2024年に竣工したばかりの駅舎だ。陽光が射すガラス張りのモダンな建築で、開放感があって気持ちがいい。これまでイングランド、スコットランド、ウェールズを訪れ、連合王国最後の北アイルランドにようやく足を踏み入れたのである。駅舎をあとにしてすぐに目に入るのは赤レンガの建物だ。ダブリンは赤レンガよりも灰色の建築物が多かったがベルファストではどちらかというと赤レンガの建物の方が目に留まる。また、ダブルデッカー(いわゆるロンドンバス)の色が緑のダブリンに対して、ベルファストではピンクだったのが鮮烈だった。

ベルファストは北アイルランドの首都であり、かのタイタニック号が出航した港町として有名だ。そして、帰属問題を巡って隣国アイルランドと長らく紛争が続き、暗い影を落とした地としても知られている。かの地を語るうえで、北アイルランド紛争は切っても切れない。紛争時のベルファストを舞台にした映画はたくさんあるが、以前紹介したケネス・ブラナー監督の『ベルファスト』は当時のベルファストの生活や社会がよくわかる佳作だ。今回ベルファストへ訪れるきっかけとなった映画であるといっても過言ではない。そういった歴史的背景もあり、年長者になればなるほど紛争のイメージが強いのか、ベルファストに旅行する旨を伝えるとずいぶんと心配された。

したがって、当時の紛争の面影が残るインターフェイスと呼ばれる境界線にはどうしても訪れたかった。ここにはカトリック側とプロテスタント側の領域を明確にする8mの壁がある。分断しているにもかかわらず“ピースウォール”という名には違和感を覚えないでもない。「平和になったのならベルリンのように壁を取り除けばいいじゃないか」という安易な考えにはならないまま時間は経過しているらしい。この平和は一時的なもので、いつまた争いが起こるからわからない。だから壁が必要で、平和が保たれているのだそうだ。平和になった今も6時~22時30分以外の時間はゲートが閉じられ通行ができなくなる。人口減少が進む日本にも多くの外国人が労働者としてやって来てくれている。日本に来るからにはこちらの文化に馴染めという意見と、外国人には外国人の慣習があることを理解して欲しいというズレが争いに発展したニュースを度々目にする。そもそもは同一民族であるのもかかわらず、宗教の違いで争いに発展したベルファストの歴史を鑑みると、我が国の状況が好転するのは一筋縄ではいかないなと考えながら約3マイル(5km)ある壁沿いを歩いた。

ヨーロッパ満喫日記〜マルタ篇〜

少々湿っぽくなってしまったが、英国を訪れたときのお約束の一つが車で旅をすることだ。これまで北はスコットランドのエディンバラから、西はウェールズのカーディフまで車の旅をしてきた。今回の旅程は、首都ベルファストを出発し、ジャイアンツコーズウェイ、ロンドンデリー、ドニゴール、アーダラを訪れ再びベルファストに戻ってくる。北アイルランドとアイルランドの国境をまたぐ旅だ。北アイルランドも英国と日本同様に右側ハンドルの左側通行の国だ。それに、過激なドライバーが多いフランスやイタリアなんかと違って比較的交通マナーが良いため安心して運転できる。

もう一つの楽しみはマニュアル車を運転できることだ。クラッチを踏み、自分のタイミングで変速しながら気ままにドライブできるのは至福の時間だ。高ぶる気持ちを抑えながら、レンタカー屋のあんちゃんと交渉し、今回の旅の相棒になったのがルノーのキャプチャーだ。以前乗っていたプジョー2008を選ぶ際に試乗し、対抗馬になったのがシトロエンC3とこの車だった。まさか10年越しに英国で一緒に走ることになるとは、浅からぬ縁を感じた。ジェームズ・メイよろしく、300マイル(約500km)の小さな”グランド・ツアー”の幕が上がる。


ヨーロッパ満喫日記〜マルタ篇〜

世界遺産ジャイアンツコーズウェイを目指し、まずは日本の高速道路に該当するモーターウェイM2を北上していく。都心部の走行は特に日本と違いがないが、しきりに目にする“Never driving on drugs”の看板が気がかりでならない……。発狂したリーアム・ニーソン(北アイルランドを代表する世界的な名優)のような屈強な大男に車をぶつけられたらどうしようかと身構えてハンドルを握ったが、当然杞憂に終わった。A26からB62あたりを通過するころには牧歌的な景色に様変わりする。英国圏のドライブの妙は田舎にある。信号が極端に少ない上に、ラウンドアバウトという素晴らしいシステムのおかけでほぼノンストップで走行できるからだ。反面、気持ち良く走り続けられるので休憩を取るタイミングがわからなくなり、延々にドライブをしてしまうのが怖いところでもある。結局、目的地手前のブッシュミルズという小さな村で休憩を取り、約一時間半でジャイアンツコーズウェイに到着した。

これまで15か国、30都市以上を旅してきて、エディンバラ、フィレンツェ、ナポリのような街自体や、コロッセオやアヤソフィアといった建築物が世界遺産というのは目にした。しかしながら、自然景勝地の世界遺産を見たという記憶がまったくない。そういった理由からジャイアンツコーズウェイをこの目に収めることを待ちわびていた。ジャイアンツコーズウェイまでは、最寄りの駐車場に停め、歩くしか手段がない。崖と海岸の間に作られた遊歩道を数十分かけて歩いていく。世界遺産ともあれば、人波にもまれることを覚悟していたが、思った以上に観光客の姿がなかった。はるか昔から姿形を変えずに残っているような雄大な海岸線を進むと、突然異様な景観が目に入る。これこそが、奇岩群ジャイアンツコーズウェイだ。岩の形は軒並六角形のようになっている。日本でも長寿吉兆の象徴とされる伝統的な吉祥文様として亀甲がある。古来より着物や甲冑などにも幅広く利用されている。私自身も非常に愛着のあるデザインで、これほどの亀甲岩を目にするとつい気持ちが高揚した。専門用語では柱状節理と呼ばれ、噴き出したマグマが冷え固まり、構成された岩が連なって現在の姿に変容した。一方で、アイルランドの伝説の巨人フィン・マックールが、対岸のスコットランドの巨人ベナンドナーと戦うために作ったとされる伝説も残っている。およそ見たこともない岩々が規則的に並んでいるのを見れば後者の説を信じたくなるのも無理はない。特定のエリアだけ奇岩群が集中し、それ以外は普通の岩が群がっている景色は摩訶不思議だ。分厚い雲から時折小雨が降り、白波が立つ奇岩は神秘的だった。余韻に浸りながら駐車場へ歩を進めると、なんとバスが停車している。疲れた観光客を駐車場まで乗せてくれるありがたいバスかと思ったらば、一人20£ (約4000円)もする高額なバスだったので、歩いたのは言うまでもない。


ヨーロッパ満喫日記〜マルタ篇〜

ヨーロッパ満喫日記〜マルタ篇〜


ジャイアンツコーズウェイをあとにした一行は西進し、北アイルランドとアイルランドの国境の町ロンドンデリーへ向かう。さらに最終目的地ドニゴールへ歩を進める訳だが、長くなかったため第二話はここまでとする。

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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。毎月第三土曜日KRYラジオ「どよーDA!」に出演中。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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