これぞGRIT、映画「どん底作家の人生に幸あれ!」 | BRITISH MADE

ブリティッシュ“ライク” これぞGRIT、映画「どん底作家の人生に幸あれ!」

2021.01.22

どん底作家の人生に幸あれ!
2021年最初に紹介する映画は「どん底作家の人生に幸あれ!」だ。原作は、かのチャールズ・ディケンズの名作「デイヴィッド・コパフィールド」。原作をご存じの方は、新年早々「デイヴィッド・コパフィールド」なんてご勘弁とおっしゃる方もいるだろう。しかしながら、映画「どん底作家の人生に幸あれ!」は、原作のイメージを大胆に覆す作品で、別物と捉えても良いほどだ。
まず、監督アーマン・イアヌッチのディケンズの解釈と新たなアプローチが功を奏し、独特の世界観を作っている。たとえば、予告編をご覧になった方はすぐにお気づきになるだろうが、本作には多様な人種の俳優が登場する。アーマン・イアヌッチは、あらゆる人種を混ぜ合わせ、多様性を目指したキャスティングに強くこだわったと言及している。そして、特筆すべきはおよそディケンズとは思えないコミカルな描写だ。ある種のドタバタコメディとも言える作風が、冗長になりがちな白人時代劇の雰囲気を払拭しているのだ。

本作には個性豊かなキャラクターが数多く登場し、主人公デイヴィッドに華を添える。その中でも印象的な2人をここで紹介したい。まずは、ユライア・ヒープ扮するベン・ウィショーだ。常連と言っても過言ではないほどこのコラムでは頻繁に登場する英国人俳優だ。ユライアは、名声、権力、金に取りつかれ、それらへの執着が身体から滲み出た俗物だ。陰湿な策略を講じ、デイヴィッドに迫りくる。原作においてもそのおぞましさは群を抜いているが、身振りや声が加わることで、不気味さがより増している。もはや、ベン・ウィショーへの当て書きではなかろうかと思わされるほど見事な表現だ。
どん底作家の人生に幸あれ!
次に紹介するのは、デイヴィッドの叔母ベッツィ・トロットウッドだ。身勝手極まりないように振舞っているが、デイヴィッドを一手に引き受け、見事に育て上げる熱情的な人でもある。このクセが強いベッツィを演じるのは、名優ティルダ・スウィントン。やはり彼女が画面に映れば途端に鮮やかになる。ストローハット、カラシ色のワンピース、丸いサングラスを着用する姿に目を奪われた。余談だが、ロバが死ぬほど嫌いな設定は原作のままである。ロバに繰り出す、蝶野正洋ばりの強烈なケンカキックに是非とも笑っていただきたい。
どん底作家の人生に幸あれ! どん底作家の人生に幸あれ!
本作で興味深かったのは、デイヴィッドの心情が舞台の色彩や明暗、さらには美術や衣裳にまで反映されている点だ。どん底時代を過ごすロンドンでは、それを象徴するかのように重く沈んでいる。そして、塀に覆われた薄暗い工場の中、無機質な機械に囲まれた空間には閉塞感が漂っている。あべこべに、刺激的な体験が続くドーヴァー、ヤーマス、カンタヴェリーでは、それに呼応するかのように色合いが鮮やかになる。デイヴィッドの衣裳もファンシーへと変化し、慈悲深い人々との出会いによって、気持ちが満ち足りていく様子がうかがえる。中でもウェストコートやトラウザーズの織りは類稀で素敵だ。

最後に、デイヴィッドの学友であり、物語の重要なキャラクターでもあるスティアフォースが、いいウェストコートだとほめられるシーンがある。彼は一言“サヴィル・ロウ”と答える。劇中では明確な年号が明かされることはない。しかし、ディケンズの自伝的小説というヒントを頼りにするならば、執筆された 1849〜50年前後を軸に考えればそう遠くはずれることはないはずだ。時は、ヴィクトリア朝中期。1851年には世界初のロンドン万国博覧会が開催されたころだ。ようやく本題に戻る。つまりサヴィル・ロウはすでに存在し、デイヴィッドのナニーであるペゴティは、“サヴィル・ロウはロンドンよね”と答えている。つまり、貴族階級ではないペゴティですらその存在を知っているほど名が知れ渡っているのだ。そうすると気になるのは、スティアフォースがどのテーラーを贔屓にしていたのかだ。現在では消滅してしまったテーラーなのか、すでに名門であったイード&レイヴェンスクロフト、ギーヴス&ホークス、ヘンリープールなのか。はたまた当時若い紳士向けに服を作っていたノートン&サンズか。ちなみに、「キングスマン」でも名高いハンツマンが創業したのは、この小説が書かれている最中の1849年だ。アンダーソン&シェパードが誕生するのはさらに 50年も後である。“サヴィル・ロウ”。スティアフォースの発したたった一言のおかげで大いに空想が膨らんだ。ふたを開ければ、実はこの推理に一番時間を費やされていたのである。
どん底作家の人生に幸あれ!
『どん底作家の人生に幸あれ!』
2021年1月22日(金)TOHOシネマズ シャンテ、シネマカリテ 他全国順次公開
監督:アーマンド・イアヌッチ『スターリンの葬送狂騒曲』
原作:「デイヴィッド・コパフィールド」チャールズ・ディケンズ著(新潮文庫刊、岩波文庫刊) 出演:デヴ・パテル『LION/ライオン ~25年目のただいま~』/ピーター・キャパルディ『パディントン』 ヒュー・ローリー『トゥモローランド』/ティルダ・スウィントン『サスペリア』 ベン・ウィショー『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』
原題:The Personal History of David Copperfield
2019年/イギリス・アメリカ/シネスコ/5.1chデジタル/120分/字幕翻訳:松浦美奈
配給:ギャガ
ⓒ2019 Dickensian Pictures, LLC and Channel Four Television Corporation
公式サイト:gaga.ne.jp/donzokosakka

Text by Shogo Hesaka


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部坂 尚吾

部坂 尚吾

1985年山口県宇部市生まれ、広島県東広島市育ち。松竹京都撮影所、テレビ朝日にて番組制作に携わった後、2011年よりスタイリストとして活動を始める。2015年江東衣裳を設立。映画、CM、雑誌、俳優・タレント・文化人のスタイリングを主に担い、各種媒体の企画、製作、ディレクション、執筆等も行っている。山下達郎と読売ジャイアンツの熱狂的なファン。
江東衣裳
http://www.koto-clothing.com

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