チャグフォードという異界で出会う人々 | BRITISH MADE

Absolutely British チャグフォードという異界で出会う人々

2018.10.12

地図でみると、ただただ緑にしか塗られていない広大なダートムーア国立公園の北東部に、チャグフォードという小さな、しかし裕福なイギリス人に大変人気のある洗練された村があることを知ったのはほんの数ヵ月前だ。

デヴォンの主要都市であるエクセターから地元の人御用達のローカル・バスに乗って約1時間。村に近づくにつれ道幅はどんどん狭くなり、トトロのネコバスを思わせる小動物のような車両がほぼ単線と言っていい細い道路を道幅いっぱいにくねくねと進んでいく。時おり対向車がやってくると、どちらか両脇にある茂みに適当な間隔で作られている小さな窪みに車体を寄せ、互いに道を譲り合う。時にはかなりバックしなければ窪みまで戻れない場合もあり、それは運転技術が試される刺激的な道のりなのだ。ネコバスのドライバーは我が庭だとでも言わんばかりに楽々と分け入っていく。私は今年の夏以降に遠征したチャグフォードまでの2度の旅で、1往復半、つまり3度このバスに乗ったのだが、3度とも同じドライバーだった。

ようやく村らしきものが見えてくる。終点はこの広場だ。ここがチャグフォード村の中心。地元の人々が日々往来する生活の場であり、チャーミングなカントリーサイド体験を求める旅行者たちが目指すダートムーアの楽園でもある。
真ん中に見える建物には、店鋪と公共トイレが入っています。清潔な公共トイレは必見! 住民の豊かな心が伝わってきます。
広場沿いはもちろん、そこから伸びるいくつかの道沿いにも洒落たブティックや地元のクオリティ食品を扱う店、アートやクラフト雑貨が並ぶ現代感覚あふれるショップや情緒あるパブまで、全てが田舎の醍醐味と現代的な洗練を併せ持っている。こんな僻地(失礼!)にこんな優良ヴィレッジがあるとは、まさに驚きなのである。
絵になる村のパン屋さん。長い歴史を持つ村だけに、古い建物が持つ佇まいの美しさを上手に今に残しています。
お葬式もチャグフォードでは一味違います。ゴージャスな黒い馬に引かせる馬車の後ろにはガラス張りの荷台があり、柩も見せちゃいます。
最初の訪問で文字通り惚れ込んでしまったのが、広場の裏手にある古い教会だ。ここは塔の半ばから見下ろしている大天使ミカエルの像が物語っているように、聖ミカエルに捧げられた聖堂である。13世紀まで遡る建物の内部には美しいアーチを描く木造天井があり、独特の静謐に満ちた空間からはある種の柔らかさが感じられるようだ。大天使ミカエルといえば剣に象徴される男性的な存在ではあるが、この教会には明らかに女性的な温かさがあり、包み込まれる優しさがどこから来るのかを探りたくなった。
教会は1メートルほど高い場所に作られていて、墓地も兼ねています。
独特の温かさを感じ取れる美しい内部。大天使ミカエルの守護は村全体に行き渡っているのでしょう。
さて、ダートムーア国立公園の北東端に位置するチャグフォードとのご縁が生まれたきっかけは、雑誌の取材だった。この村にあるティールームが日本のデパートに期間限定出店をするということで取材させていただいたのだ。その際にチャグフォードで観光案内業をしている日本人女性と運命的な出会いを果たし、2度目の訪問は、彼女にガイドをお願いしてのプライベートな旅となった。間を置かずして訪問してもいいと思えた理由はたくさんある。まず、この村の不思議な魅力の虜になってしまったこと。ロンドンに戻って友人にその良さを力説しているうちに、一緒に再訪したくなったこと。それに賞も受賞しているクリームティーをもう一度いただきたい! という思いがあったこと。でも、本当の理由は明確にはわからない。どうも導かれているとしか言いようがない感覚があるのだ。

以下、案内をしていただいた女性からの受け売りに近い村の紹介だが・・・チャグフォードはもともと錫鉱山の村として栄えていたそうだ。掘った錫を四方八方へ運んでいける立地条件が繁栄の大きな理由だった。小さな村は交易の拠点、マーケット・タウンとして発展し、錫が役割を終えた後は大自然の中に隔離されているとでも言えそうな異界風ロケーションも手伝って、精神性の高い文化人たちに愛される村として成長していった。現在は映画祭や文学祭をホストする村として、またクラフトの盛んな土地としても知られている。

2度目の訪問の際、最初に連れて行っていただいたのはローカルの人々が集まる小さなマーケット! 金曜日だけ開かれる屋内マーケットはアンティークやクラフト作品、アルチザン食品などがいっぱいでご機嫌な旅の始まりとなった。
大きなホールで開かれる金曜日のお楽しみ。
この方からヴィンテージのフルーツ・ナイフ&フォークを購入しました♪ ロンドンよりも値段設定が安い気がします・・・
そして! 旅のハイライトでもあったのは、The Old Forgeというティールームの再訪。ここは「UKベスト・クリームティー」の栄誉を勝ち取っているティールームとしてその名を知られ、全国津々浦々から愛好家が訪れるクリームティーの聖地なのだ。医師でもあった前オーナーから引き継いだ秘密レシピで作るスコーンは、表面はカリリと香ばしく、中はふわりと軽い理想的な歯ざわり。デヴォン産の濃厚なクロテッドクリームと、同じくデヴォンで 採れるフルーツで作ったジャムの組み合わせは・・・スコーン好きとして強く推奨したい他では味わえない美味しさ。ここは食事にも力を入れているので、ランチにするかスコーンにするか・・・迷ったら、両方をおすすめしたい。
https://www.theoldforgechagford.com
平日の昼間でもすごい人気! ひっきりなしにお客さんが訪れる村のスター的な存在です。
これがウワサのクリームティー。クリームもジャムも惜しげのない量(笑)。たっぷりつけて召し上がれ。
Old Forgeで使っているジャムはOld Forgeの並びにある「Blacks」という高級デリ・ショップで買えます。自家製キッシュ類が激ウマでした♪
さて、チャグフォードは手作業で取り組むクラフトが盛んな村でもある。面白かったのは、駐車スペースがいっぱいで、ガイドさんの知り合いがいるプライベート敷地内に停めさせていただこうと訪れた先が、偶然にも家具職人さんの工房だったこと。この工房がかっこいい!
石造りの古い建物(たぶん元馬小屋)を利用した工房。
こちらのスチュアートさんはすでに家具職人として働き始めてから30年というベテラン。チャグフォードへは13年前にやってきて、5年前からいまの場所でワークショップもやっているそうだ。緑に囲まれ、静かで落ち着ける空間でじっくりと古ぼけた椅子やソファに向き合う日々は、どんなロンドン暮らしよりも心豊かでいられるのではないか。「毎日工房に来るのが楽しくて仕方ないよ。自分の仕事が好きでないという人もいる中で、僕は本当にラッキーだと思う」。
幸せそうに働くスチュアートさん。工房内にはオリジナルの輝きを取り戻した家具がところどころにあり、目を引いた。
今回の旅で有り難かったのは、ガイドさんが個人的なご縁のある方の家に連れて行ってくださったことで、幾人かの素晴らしいパーソナリティに巡り会うことができたこと。その中のお一人に、チャグフォードからほんの少し車を走らせた場所に暮らしているシャンデリア職人のマデレーン・ボールスティックスさんがいる。
http://www.madeleineboulesteix.co.uk
建築家の父が建てた一軒家は広いオープンスペースが特徴のバンガロー。ロンドンでも活動してきた彼女の現在のアトリエは、ここ。自分仕様に改装して使っているのだとか。
グルテンフリーのお菓子を焼いて待っていてくださったマデレーンさん。インテリア、食器、もちろん彼女の作品たちにも自身のセンスがあふれています。
カラーのセンスも抜群!いびきをかきながら眠る愛猫ちゃん(笑)
マデレーンさんのスタイルは、バラバラのヴィンテージの台所用品を組み合わせて美しいオリジナルのシャンデリアを作ること。アーティストとして駆け出しの頃、イタリアで美しい食器や雑貨がたくさん入ったゴミ袋が捨てられそうになっていたのをみて、それらを活用することを思いついたのだとか。
ヴィンテージのティーカップはもちろん、ナイフやフォーク、ケーキ型まで、既成概念にとらわれずユニークな形に作り上げていくスタイルは飛び抜けて面白い。
ビーズやガラス玉の色彩が目に優しい。
工具の数も半端ない!
色彩を自在に操るマデレーンさんが創り上げるシャンデリアは月並みな表現だが美しい。きっと光を得た途端に何千万円もするようなクリスタルのシャンデリアに一歩も引けを取らない、スペシャルな輝きを放つことだろう。こんな素敵な作品をチクチクと毎日作ってクリエイティビティを発揮できたらどんなにか幸福だろう。彼女の作品を観ながらふとそんなことを考えていた。自然に囲まれ、広々と仕事ができる彼女の家もアトリエとしては申し分ないと思うのだが、ロンドンにもまた拠点を作りたいと検討中だそうだ。いつか彼女の作品が映える家に住みたいと心から願い、この日はお暇させていただいた。

他にも幾人かの忘れがたい出会いを作っていただき、ガイドさんには本当に感謝している。今回のツアーを組み立ててくださったチャグフォードのガイドさんが主催しているFacebookページはこちら。チャグフォードだけでなく、ダートムーア国立公園の荒々しい美しさに触れるドライブにも連れて行ってくださったのだが、そのことについては、また別の機会に。次回のチャグフォードはいつなのかって? 年内にきっと、もう一度行く。その美しさの本質を見極めるために。
https://www.facebook.com/Chagford.tours/


Text&Photo by Mayu Ekuni

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江國まゆ

江國まゆ

ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。

http://www.absolute-london.co.uk

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