ティンタジェル、マーリンの洞窟、妖精の棲む森 | BRITISH MADE

Absolutely British ティンタジェル、マーリンの洞窟、妖精の棲む森

2019.02.01

ロンドンから西へ約4時間半。北コーンウォールの沿岸部まで来ると、さすがに「最果て」感が強まってくる。その旅というのは、こうだ。

エイヴベリー、グラストンベリー、ティンタジェルといったイギリス屈指のパワースポットを一気に巡ってしっかり充電してしまおうというもの。日本から来るゲストの要望に合わせて・・・という名目ではあったが、実のところイギリス在住組の私たちも待ちかねていた旅だった。昨年秋のことだ。

人数が多いのでロンドンから車をチャーターし、1泊2日で最も効率よく回れるよう段取りを整える。1日目のエイヴベリー、グラストンベリーのハイパワーにすっかり気分を良くした私たちは、翌日、最終目的地となるティンタジェル城を目指し、エクセター近郊を出発した。

ティンタジェル城はアーサー王伝説ファンなら誰もが憧れるアーサー誕生の地とされている場所だ。彼は魔術師マーリンの手引きにより、ブリタニア王ウーサーとコーンウォール公妃イグレインとの間に、ティンタジェル城で生まれた子供である・・・1136年頃に歴史家のジェフリー・オブ・モンマスが書いた『ブリタニア列王史』に、そう書かれてある。

ジェフリー・オブ・モンマスも史実を基にこの列王史を書いたわけではない。だからアーサーの物語も、伝説の域を出ない話だ。しかしアーサー王伝説が現在も世界中のあちこちで広く受け入れられ、ファンを魅了し続けている理由は、史実かどうかの真偽とはあまり関係がないことのようにも思える。

アーサー王の物語は歴代のイギリスの王様に大人気だった。ヴィクトリア朝時代には多くの文化人や芸術家の想像を刺激した。その後も物語作家や映画監督、現代のアニメやゲームの制作者などクリエイティブな人々にもてはやされ、1500年近くの間に大きな飛翔を遂げた。みんなアーサー王と円卓の騎士たちが大好きなのだ。
チケット売り場から城跡の入り口までランドローバーがピストン輸送しているのだけど、健康な人なら歩ける距離! 中に入った後は、ともかく上り、上り〜。
左は城門跡。建物はほとんどなくて、構造のみが残っている廃墟です。
はるばるやってきたティンタジェル城は、ケルト海の波に洗われるワイルドな岬の突端にあった。三方を海に囲まれた城塞だ。城と言っても最後にこの地で築城がなされたのは13世紀半ば、イングランド王族のコーンウォール伯リチャードによってであり、現在、建物はすでに廃墟と化していて城跡が残るのみ。変わりやすい海辺の景色はともすると強い風に揺らぎ、何かを強く主張してくる。いにしえの記憶を呼び戻そうとでもするかのように。
入り組んだ海岸線はかなりドラマチック。
勝手に「亀の手」と呼ばせてもらった岩(笑)。上の写真ではちょうど真ん中に突き出ている岩で、その上に亀の頭が見えますでしょ?
さぁ、ここからが正念場! さらに上っていきます!
入り口から城跡の最も高い場所に出るまで、何段の階段を登っただろうか。かなりの急斜面に作られた足場をしっかりと辿りながら、広大な海原を見晴らせる平地に出る。イングランド王ヘンリー3世の弟であったリチャード伯がここに城を築いたのは「アーサー王伝説に激しく想像を掻き立てられたからではないか」と、ティンタジェル城の公式サイトにはっきりと書かれてある。でなければ、リチャード伯が所有していたマナーハウス3つ分と、ゴツゴツとした岩場ばかりが目立つ荒涼としたこの岬を取り替えたことの説明がつかないと。

このリチャード伯。神聖ローマ帝国の大空位時代に皇帝になる夢を描いた人でもある。

血筋としてライバルに引けを取らないし、権利はある。さらに時勢が彼の野望に味方していた。 コーンウォールは当時から錫を豊富に産出したことから裕福であったため、リチャード伯は富にものを言わせて諸侯を抱き込み、我こそローマ王にふさわしいと働きかけ、正式にローマ王(ドイツ王)として戴冠。しかし王の称号は名目だけで実権のないものだった。その先に夢見たローマ皇帝への道は、自国の内乱に巻き込まれ負けてしまったことで潰えてしまう ・・・。

リチャード伯はアーサー王伝説に感化され、ティンタジェルの土地を購入し、城塞を築いた。とすると、彼はローマ皇帝をも征服したというアーサー王の再来としての自分を、ひょっとすると夢見ていたのかもしれない?などと考えてしまう。それとも、名ばかりだがローマ王となれたことに、ティンタジェルのご加護があったとみるべきなのだろうか?
上りきると平地になってます。かなり広いです。
なんと、まだ発掘作業や測量が行われています! このおじさま、かなり原始的な方法で作業されていました。遺跡の採掘は細心の注意が必要ですものね。今後の発見が楽しみです!
リチャード伯以前にも、この土地に城はあったようだ。

ブリテン島はローマ軍による4世紀に渡る支配から解き放たれ、紀元後5〜6世紀はふたたびブリトン人の有力部族が林立する戦乱の世となり混迷を極めた。しかしこの時期、ティンタジェルそのものは地中海貿易の要点として栄えていたらしく、西国の長が城として絶え間なく使っていたに違いないと歴史家達は見ている。今でこそ僻地のように感じるかもしれないが、ティンタジェルは当時、もっと外を向いていたようなのだ。

そしてアーサー王、または彼のモデルとなった人物が活躍していた時代だとされているのが、この「ポスト・ローマ」の戦乱期なのである。
岬の先ではアーサー王がケルト海を見下ろしています。
左上に見えている立派な建物は、19世紀に建てられた旅行者に人気のキャメロット・カッスル・ホテル。「荒涼館」みたいな感じですね(笑)。
心の洗濯ができそうな風景‥‥。
ゴツゴツと入り組んだ海岸線はところどころに自然の洞窟をかたち作っており、その中の一つがアルフレッド・テニスンの詩にちなんで「マーリンの洞窟」と呼ばれている。魔法使いマーリン! アーサー王伝説のキーパーソンだ。

彼こそ父君ウーサー王を導きアーサーをこの世に誕生せしめた影の立役者。アーサー王のプロットを読むと、実質的に物語の道筋を引いているのはマーリンだと分かる。先代からアーサーの時代までブリトン王に助言を与え影に日向にサポートしたマーリンは良き相談役であり、ある意味ブリトンの守護者だとも言えはしないだろうか。光と闇を抱き込み、善悪をも超越した存在。彼はアーサーの誕生も死も知っていた。自身に待ち受ける鬱屈した未来さえも。マーリンは運命の道筋は照らすが、無理強いはしない。選び取るのはあくまで本人であることを知っており、そして運命に逆らうこともしなかった。
そんな魔術師マーリンに関係しているという洞窟がこちら。
私たちが到着したときは、潮が満ちていて洞窟内には入れないとわかり、諦めかけていたのですが‥‥。
マーリンの洞窟は、潮が引いているときしか入れない。到着時は潮が満ちていて、とてもではないが入るのは無理と諦めかけていたのだが、大方の見学を終えてそろそろ帰ろうかと入り口に戻る途中、ふと洞窟を見てみると潮がいい塩梅に引いていて、足元を濡らしながらであれば、なんとか入れる状態に! 絶対に洞窟内に入ってみたかった私は、トラウザーの裾をたくし上げ、恐る恐る洞窟の中に入ってみた‥‥。
そこは。

どうしようもなく、畏怖の気持ちが沸き起こってくる場所だった。海水は思いのほか温かい。足首まで濡らしながら、できるだけ洞窟の奥まで入ってみる。トンネルの向こうから射し込むミステリアスな光と打ち寄せる波に圧倒されつつ、ただ、ただ、その場のエネルギーに身を浸す。強烈な何かを感じるスペシャルな時間だ。洞窟はちょうど細くなった岬の付け根に位置しており、約100メートルのトンネルは両端を貫通しているのだとか‥‥。

内側から満ち溢れてくる力を感じながら、私たちは城跡を後にした。その後、旅の仲間たちと休憩したのは城跡のすぐそばにあったティールーム。ここはやはり名物コーニッシュ・パスティーを食べずして帰れまい!ということで、パスティーとクリーム・ティーをいただく。海風に晒された後だけに、ほっとする味だ。
「Pengenna Pasties」という名のティールームでいただいたコーンウォール名物のコーニッシュ・パスティー。かつて錫鉱山で働いていた坑夫たちのボリュームたっぷりの愛情弁当として発達しました。
スコーンはもちろんコーニッシュ・クロテッド・クリームと一緒に。美味しいけれど、表面に砂糖がまぶしてあるのが気に入らない(笑)。
さてさて、エイヴベリーからグラストンベリー、ティンタジェル城へと移動したパワースポット巡りのハイライトは・・・じつはこの後にやってきた! 少なくともエイヴベリー、グラストンベリーに関してはすでに何度か訪れていた私にとって、初めての訪問となるティンタジェルで、予期せぬマジックが待ち構えていたのだ。

「ティンタジェル城の近くに、すごくいい滝がある」という情報をつかんでいた私たちは、迷うことなくその滝を拝むために、新たな場所に移動した。そこはティンタジェル城から車で東へ向かうこと6、7分ほどの場所にある、Tretheyという地域だった。滝のある場所まで車では入れないので、道路脇の駐車場から「歩いて10分ほど」と言われた目的地まで、嬉々として自然散策を楽しむことにした。

しかし「10分くらい」と言われていた距離は、おそらく30分弱くらいはあったのではないかと思う。(今となっては、出発地点となった駐車場がどこかもわからない!)

森へ続く小道に入り、人家を横目にどんどん歩いてゆく。次第に緑が深くなっていき、森の中へ。しばらく行くと清流に出会い、その流れに沿って、奥へ、そのまた奥へと導かれる。
うつくしい清流、トレヴィレット川に胸キュン。奥に分け入っていくほどに異次元感が半端なくなっていく・・・
清らかな空気を胸いっぱい吸い込みながら歩いていると、明らかにロンドン近郊の森とは植物層が違うことに気づく。まさに、ここはどこ?という感覚だ。コーンウォールやデヴォンを中心とするイングランド南西部は、伝統的にWest Countryと呼ばれており、気候も違えば文化も違う。この地域ではアーサー王の時代より少し後から16世紀頃まで、英語とは言語としての成り立ちがまったく異なるコーンウォール語が普通に使われていたほど。ウェールズ語のように今も保存されていれば、人々の意識もさらに独立したものとなっていたのかもしれない。
地元の人の散歩道でもあります。
妖精が棲んでいそうな森なのです〜。アーサー王もこの辺りを散策したかな。
私たちが向かっていたのは、St Nectan’s Glen/セント・ネクタンズ・グレンと呼ばれる聖域だ。 6世紀頃、滝の上のほうに棲んでいた聖ネクタンという隠者が、嵐の日に地元の船が岩に座礁しないよう銀の鐘で警鐘を鳴らしていたという伝説があるという。このSt Nectan’s Kieveと名付けられた滝が、私たちの目的地だ。

神秘の滝を楽しみに私たちは一心に歩を進める。が、途中で気づいたのだが・・・この滝が見える場所まで行くのに歩道が整備されているのはいいのだが、最終的に滝を見るのに入場料をとられることには少し興ざめしてしまった。

あとで調べてみると、もともと個人所有の土地だったため「Friends of St Nectan’s Glen」という保護団体がなんとかこの地を守ろうと資金集めに奔走する。不動産会社を通した値段はなんと80万ポンド(1億1500万円くらい。ふっかけたね)。結果、実業家であるミルズ某という人物が新オーナーとなり、この地を保護すると同時に安全に一般公開されるよう、セント・ネクタンズ・グレン友の会と共に努めているのだとか。滝を守るという意味もあるが、周囲の自然環境を保護する活動を推進しているようだ。だから入場料は全て、維持管理費というわけ。この話を事前に知っていれば興ざめしなかったかもしれない・・・。
滝のある広場。まさに渓谷。右奥に滝があります。とても美しい場所です。
滝への入り口には入場券(2019年1月現在 大人£5.95)を販売しているカフェ兼ショップがある。ここで必要なら長靴を借りよう。なぜなら滝のあるエリアの足元は水浸しだから・・・。
St Nectan’s Kieve/セント・ネクタンズ・キエヴ。まん丸く穴があいた岩の中を滝が流れていくのです。すごい景観! この写真ではちょっと美しさを伝えきれていないですが・・・神秘的な体験ができます。興味ある方は行ってみてください!
セント・ネクタンズ・キエヴの滝は、滝そのものも見事に美しく特別なものだが、周囲の森林が漂わせているマジカルな輝きも負けてはいない。妖精が棲まう森? それどころか、 雄鹿の姿をした森羅万象の神がいたっておかしくない。ここは夏に、また戻ってきたい。

さて、アーサー王伝説を肌で感じる旅、満喫いただけただろうか。

アーサー王は、私たちが先に立ち寄ったグラストンベリーともゆかりが深い。のちにキリスト教との結びつきが深まってしまったために、新たな伝説も付加され、もはやアーサー王と円卓の騎士たちの物語が自由気ままに発展してゆくことを誰も止めることはできない。あなたがアーサーや騎士たち、魔法使いマーリン、あるいはイギリスのファンタジーを愛する人ならば、私たちが辿った旅は大いに興味をそそることだろう。

ティンタジェル城は4月までメンテナンスのためにお休み。行くなら春夏に限るので、ぜひ4月以降に訪れていただきたい。

Tintagel Castle
www.english-heritage.org.uk
Pengenna Pasties
www.pengennapasties.co.uk
St Nectan’s Glen
www.st-nectansglen.co.uk
Text&Photo by Mayu Ekuni




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江國まゆ

江國まゆ

ロンドンを拠点にするライター、編集者。東京の出版社勤務を経て1998年渡英。英系広告代理店にて主に日本語翻訳媒体の編集・コピーライティングに9年携わった後、2009年からフリーランス。趣味の食べ歩きブログが人気となり『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)を出版。2014年にロンドン・イギリス情報を発信するウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン」を創刊し、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむかたわら、オルタナティブな生活について模索する日々。

http://www.absolute-london.co.uk

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