アングロサクソン時代の船葬墓、サットン・フーを訪ねて | BRITISH MADE

English Garden Diary アングロサクソン時代の船葬墓、サットン・フーを訪ねて

2021.11.18

サットン・フー
ヨーロッパにおけるもっとも重要な考古学遺跡のひとつといわれるのが、イングランド、サフォーク州にあるサットン・フー(Sutton Hoo)です。これは、7世紀の船葬墓です。船葬墓とは、船とともに当時の王が埋葬された場所のことで、この古墳からは当時の剣やヘルメット、コインや贅沢な装飾品など263点もの出土品が発見されました。発見された硬貨の日付などから、アングロサクソン時代に存在したイーストアングリア王朝のレドワルド王(King Rædwald)の墓ではないかと言われています。
サットン・フー 入口にはサットン・フーを象徴するヘルメットの巨大なアート作品が飾られている。
サットン・フーで見つかった剣や装飾品などは、金、銀、銅、エナメル、ガーネット、鉄、羽、毛皮など、世界各地を出自とする材料で作られたものでした。これらは、それまでほとんど知られることのなかった「暗黒時代(Dark Ages)」の歴史を知る手がかりとなる貴重な出土品で、現在はロンドンの大英博物館に展示されています。サットン・フーの発見がイングランドの歴史において大変貴重だと言われるのは、暗黒時代は無法で無秩序な時代だったと信じられていたからです。というのも、ローマ帝国の崩壊によりローマ軍が撤退した後のイングランドは、ローマ人のもたらした文明を失い、文化や秩序を無くした暗黒の時代とこれまで信じられていました。ところが、サットン・フーから精美な細工を施した副葬品が出土したことが、アングロサクソン時代にも輝かしい文化が存在したことを証明したのです。

歴史に興味のある人にとってはすでによく知られていた遺跡ですが、その人気がさらに高まったのは、Netflixで放映された映画『The Dig(邦題:時の面影)』の影響が大きいようです。実は私も、この映画を見て、イースト・アングリアにあるアングロサクソン時代の古墳をどうしても見てみたくなったひとりです。

サットン・フーとは聞き慣れない言葉ですが、古英語では、サットンは「南部の集落」フーとは「突き出した形の丘」といった意味があるといいます。サットン・フーは現在、このコラムでもこれまで何度かご紹介したナショナル・トラストという、イギリスの景観や歴史的建築物の保護に尽力しているチャリティ団体によって管理されていますが、元々はイーディス・プリティという女性が所有する土地でした。イーディスはこの広大な土地にあるいくつもの塚に興味を持ち、イプスウィッチ博物館を通じて1983年にバジル・ブラウンというアマチュア考古学者に発掘を依頼したことが、この世界的遺跡の発見につながりました。この大発見は1939年、第2時世界大戦におけるドイツとの開戦が数週間後に迫る時のことで、戦時中、発掘品は他の大英博物館所蔵品などとともに、ロンドン地下鉄のトンネル内に保管されていました。また、当時は船葬墓も一旦埋め戻され、サットン・フーのエリアは軍事訓練に使われたといいます。
サットン・フー イーディス・プリティが住んでいた自宅 ‘Deben View’。2階部分はリフォームされた2ベッドルームの宿泊施設になっていて、予約をすれば誰でも宿泊可能。
サットン・フー 実物大の船のレプリカ。その大きさから当時の王の権力がしのばれる。
さて、サットン・フーの敷地に入るとすぐに目に入ってくるのが、この地に埋まっていたとされる船のレプリカ彫刻です。全長27メートルという大きな船は、横に並んで立ってみると、その迫力が伝わってきます。これほど大きな船を川から引き上げ(サットン・フーの側には「デベン川」という川が流れています)、船が収まるほどの大きさの穴を掘って、そこに船を設置して王を埋葬した。この一連の作業にどれほど多くの人々が関わったかと考えるだけでも、当時の王様の勢力のすごさを想像させます。

実際の船葬墓まで歩いて行く途中は、広々としたゆるやかな丘に自然が広がっています。放牧された羊が草を喰む景色を見ながら「1400年前の人々が見ていた頃と今ではどう変わったのだろうか」
「盛大な王の葬儀にはどれほど多くの人々がこの地に集まってきたのだろうか」とイマジネーションを膨らませずにいられません。
サットン・フー 左手の丘を登っていくと王家の埋葬地。葬儀の際にはここに人々が詰めかけていたのかもしれない。
サットン・フー レドワルド王の船葬墓。ここにレプリカで見た船が埋葬されていたと想像するだけでその壮大さに圧倒される。写真中央は展望タワー。
‘王家の埋葬地(The Royal Burial Ground)’と名付けられた古墳塚のエリアには19個の塚があります。ガイドの方によれば、王の墓からは前述のように多くの出土品がありましたが、1939年の発掘では人骨が見つからなかったため、ここは墓ではなく王を偲ぶ記念碑だと考える考古学者もいました。しかし、1965~71年に再発掘調査が行われた際、船の埋葬室の下の砂が科学分析され、高いリン酸塩が計測されたことで、船の木材や遺体が埋葬墓内に残っていない理由が解明されたのだといいます。つまり、遺体や木材は溶解してしまっていたのです。

ナショナル・トラストによれば、サットン・フーの研究調査は現在も続いていて、また、まだ発掘をせずに残してあるものもあるといいます。これは、将来、発掘調査の技術が現在よりも進歩した時に、更に詳細な研究調査をするためなのだそうです。この地はまだまだ多くの歴史的謎に包まれていると思うと、考古学者でなくてもなんだかワクワクしてきます。
サットン・フー レドワルド王の墓とは別の古墳だが、ここからも小さな船が発掘された。
サットン・フー 今年完成した17メートルの高さの展望台から見下ろした古墳群。
なお、出土品のオリジナルはロンドンの大英博物館に所蔵されていますが、サットン・フーには、出土品のレプリカを展示、解説したギャラリーがあります。中には副葬品の中でも最も有名な、アングロサクソン時代のヘルメットも展示されています。 複製品とはいえ、7世紀当時と同様の素材と技術をもって再現されているため、現物に近いイメージを見ることができ、その精巧な技術とクリエイティビティには驚かされました。ほかにも、当時の人々の衣服や生活用品、ボードゲーム(!)など、この時代の文化や工芸技術を垣間見ることのできる展示がたくさんあります。中でも私にとって一番興味深かったのは、女王についての展示でした。当時の女王は、王である夫や男兄弟などと同等に自由や影響力があったといい、夫である王は、女王による政治的アドバイスも聞き入れていたという記録があるそうです。古墳群にある唯一の女性の墓は、この女王のものだと推測されています。
サットン・フー 出土品の中でも最もよく知られる戦士のヘルメット(レプリカ)。1970年代に大英博物館の修復士によって何百もの破片になったものが復元され、当時の姿形を知ることができるようになった。
これからも発掘調査と研究により、アングロサクソン時代またそれ以前のサットン・フーの歴史がより明らかになっていくことでしょう。1400年前のイギリスに生きた人々の暮らしをほんの少しだけでも垣間見ることのできるこの場所、ぜひ一度訪ねてみてください。行く前に映画『The Dig(邦題:時の面影)』を見ていくと、レドワルド王の埋葬された船のイメージを描きやすいかもしれません(映画のロケは実際のサットン・フーではなく、別の場所で行われました)。

サットン・フー(Sutton Hoo)
住所:Sutton Hoo, Woodbridge, Suffolk, IP12 3DJ
オープン時間:施設、日によって変更が多いため、訪問前にウェブサイトにて確認をしてください
入場料:大人14ポンド、子供7ポンド
ウェブサイト:https://www.nationaltrust.org.uk/sutton-hoo

*大英博物館によるサットン・フー紹介:https://www.britishmuseum.org/collection/galleries/sutton-hoo-and-europe

Photo&Text by Mami McGuinness


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マクギネス真美

マクギネス真美

英国在住20年のライフコーチ、ライター。オンラインのコーチングセッションで、人生の転換期にある方が「本当に生きたい人生」を生きることを日本語でサポート。イギリスの暮らし、文化、食べ物などについて書籍、雑誌、ウェブマガジン等への寄稿、ラジオ番組への出演多数。
音声メディアVoicy「英国からの手紙『本当の自分で生きる ~ 明日はもっとやさしく、あたたかく』」にてイギリス情報発信中。

ロンドンで発行の情報誌『ニュースダイジェスト』にてコラム「英国の愛しきギャップを求めて」を連載中。

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